寄り道
彼は読めない人だった。
僕には彼のすべてが読めない。言動も。態度も。行動も。確かなのは、優秀さと容姿の完璧さだろう。
彼を助手席に乗せての移動も最近は慣れてきた。なぜなら彼と組むことが多いからだ。
信号に引っかかり、ハンドルを握った手を無意識に広げたり閉じたりする。
ふと隣に目をやると、彼はこちらを見ていた。思わずギクッとなる。無駄に鋭いまなざしを向けないでいただきたいんですが、参事官。
「な、なんでしょう」
「すまないが、寄ってもらいたい場所がある」
彼のその言葉に、僕は目つきを改めた。
これは重要な任務に間違いない・・・。それも極秘と見た。しっかりと責任を持って彼を送り届けなければ。
朝から動きっぱなしで疲れ切った体と頭をもう一度奮い起こした。これが今日最後の仕事だ。
気合を入れ直して「わかりました」とキレのいい返事を返す。彼の言うとおりの道を進んだ。
ついたのはベビー用品専門店だった。促されるまま車を駐車する。はて、これはいったい。
「すぐ戻るが・・・来るか?」
彼が僕に判断をゆだねることは珍しかった。来い、か、待機しろ、のどちらかなはずなのに。
調子が狂う。とりあえずついていくことにした。
店内はやたらと明るく、やわらかい雰囲気が漂っていた。
そんな中をずけずけと歩き回るスーツ姿の僕らは、相当に浮いていた。
特に、真田さん。雰囲気が物々しい。ペースを落とさずカツカツと歩いていく。
なぜか手には買い物籠。似合わないことこの上ない。コントのようだ。なら僕はツッコミか?
いやいけない、仕事中だぞ。きっとこれはなにか考えあってのことなんだろう。いったいどんな任務なのか・・・。
「ええと・・・これだな」
彼は携帯電話を取り出すと、画面を確認した。
――!!ついに接触ですね。一気に緊張して周囲を見渡す。しかし相変わらず平和なベビー用品店だ。
・・・。特に変化はない。彼は目の前の棚にある紙おむつを手に取ると、携帯画面と商品名を見比べながら、小さく頷いてかごの中に入れた。
この光景見覚えがある。乳児を持つ父親が妻におつかいを頼まれている光景だ。
状況が飲みこめない。そんな僕をしり目に、彼は再び歩き始めた。数点をかごの中につっこみ、そのままレジへ向かう。
周りは若い女性ばかりだ。僕もとりあえず彼についていく。そうして会計を済ませ、ビニール袋を引っさげ、店を後にした。
えぇ・・・まさか。僕は車の鍵を取り出しながらそれとなく彼に声をかけた。
「・・・、お買いものですか?」
「ああ。妻に頼まれてな」
その言葉に一気に脱力する。
そういえばお子さん、いましたね・・・。目に入れても痛くないほどかわいらしい娘さんが。
「さて、行こうか」
「・・・、ハイ」
後部座席に紙おむつを1パックと離乳食などが入った袋を積んで、車を出した。
はは、なんだこのいたたまれない気持ちは。
何の変哲もない出来事なはずなのに、どうして彼がすると違和感があるのか。
やっぱり優秀な人はどこか変わっている。そう思わずにはいられなかった。
2011/11/21
「僕」は楢崎さんかもしれないし、違うかもしれない。