君が初めて笑った日


始業式の朝。
モノレールを降りて少し歩けば高等部の校舎、というところで彼女を見つけた。
前方に見える彼女は、確かに月高生だ。気にした理由は、彼女が目立っていたからだ。
無駄に広い駅前で、彼女は右も左もわからない様子でキョロキョロしていた。・・・100%迷子だ。

――仕方ないか。このままにしておくわけにもいかない。間違って中等部に行きついてしまいそうだ。
「おい」
人ごみの中、近づいて声をかけた。彼女はゆっくりと振り向いて、お互い目があった。
大きな赤い瞳に、少し驚いた。初めて見る色だったから。
「・・・はい?」
彼女は首をかしげた。ずいぶんおっとりしている。先ほどのあわてようはどこいった。
「高等部ならこっちだ。転校生か?」
誘導するように歩き始めると彼女も後ろをついてきた。歩幅が合わないのか、小走りだ。

「あ、あの」
「――!まさかとは思うが、中学生か?」
そう思い、思わず立ち止まる。だとしたら、行くべき校舎は反対方向だ。危うく人さらいになるところだった。
「ち、違います!高等部の2年生です!・・・今日から」
彼女は大げさなリアクションで首を振った。
揺れるポニーテールが、なんだか彼女の体の一部のようだ。

2年生か。後輩だな。まあ確かに、よく見ると中学生には見えないな。
女子にしては背も高めだ。美鶴くらいはあるんじゃないか?

「そうか。ならついてこい。案内してやる」
互いに名前も知らないまま、数分の距離を共にした。
「それにしても、あんなところで迷子になる奴なんか初めて見たぞ」
「それが、その・・・はぐれちゃって」
「はぐれた?」
「はい。同じ寮の女の子に案内してもらってたんですけど、いつの間にか」

いつの間にかって。・・・まあいろいろあったんだろう。
すべてを説明する必要はないしな。要点を絞ったんだろう。
・・・ん?寮?

「寮生なのか?」
「ハイ!なぜか今は分寮の方に」
分寮って、おいおい。まさか。
「・・・・!!あっ、」
彼女は何かに気付いたように立ち止まった。つられて同じ方向を見る。
「岳羽さん!」
懸命に手を振りながらこちらに走ってくるのは、まぎれもなく岳羽ゆかりだった。
声をかける前に、隣の彼女は岳羽の方に駆け出した。しかしすぐに立ち止まり、こちらを振り返った。

「あ、親切な方、助かりました!ありがとうございます!」

彼女はにっこり笑った。
花が咲いたように笑う、という表現があるが、ここまでしっくりくるとは。

「もー!トイレ行ってる隙にいなくなっちゃうなんて、あなた高校生でしょー!」
「ごめんなさい!久しぶりに迷子になっちゃった」
「まあよかった、無事で。あなたに何かあったら、先輩たちになんて言われるか・・・」
「え?」
「ううん、コッチの話!」
「そうだ、ここまで連れてきてくれたの、あそこの・・・、あれ?」
「なに?」
「いなくなっちゃった」


今思えば、今日が、君が初めて笑った日だった。
何一つ変わらない、素直な、幸せそうな笑顔だったな。

2011/11/23
君と想い出・十題 「君が初めて笑った日」…thanks! リライト