Hot Chocolate
月高の歴史に名を刻むほどのインパクトを持った両二名――
桐条美鶴と真田明彦が卒業してから、月高はそれはもう静かになった。
・・・わけでもない。
「あれ、小田桐くん!」
「やあ。おはよう」
寒い2月の登校時間、馨は駅前で偶然にも小田桐と会った。
「めずらしいな。一人か?」
「うん、ゆかり寝坊したって」
「そうか。ところで卒業式の答辞の原稿はもうできたんだろ?」
「もちろん」
「さすがだな、会長」
小田桐との会話は大半が生徒会活動についてだ。
会長と副会長という間柄だから、それはまあ当然とも言える。
しかし小田桐には、彼女も知らないある役割があった。
「槇村せんぱーーい!」
校門付近に到着すると、それを待っていたかのような、声、声、声。
さっそく来たな。小田桐の中の特殊なセンサー(本人談)がすぐさま反応して、素早く馨を背中に隠す。
と同時に二人は人だかりに囲まれる。ほとんどが1年生で、男も女もいる。
そのほぼ全員が何やらプレゼントらしき小さな箱を持っている。
今日はバレンタインデーだ。もちろん彼・彼女たちの目当ては小田桐ではなく・・・。
「散れ!会長は忙しいんだ!」
「横暴ですよー!」
「そうだそうだ!」
小田桐が一括すると、すぐさま返ってくるブーイング。
馨は困ったように笑いながら小田桐の後ろから顔を出した。知ってる子もいるし、初めて見る子もいる。
「私になにか用なのかな?」
「あ、ああああの、これ、もらってください!」
「私も!」
「お、俺も、コレ買ったやつなんで美味しいと思います!」
小田桐ははねのけられた。くそ、集団になって結束してくるとはずる賢い奴らだ。
「わあ、ほんとに?ありがとね!」
両手に持ちきれないほどのプレゼントを受け取りながら、馨は心からそう言った。
小田桐の役目とは会長の護衛だ。というのは彼自身の弁だが、
実際、馨が生徒会長になってから、彼女は主に後輩たちから絶大な人気を集めていた。
美鶴や真田の代わり、と言うと言葉は悪いかもしれないが、
学校に一人くらいはこうした「アイドル」的存在が必要だろうという雰囲気だった。それがたまたま馨だった。
女子にも男子にも好かれる。おまけにかわいくて生徒会長でテニス部副部長で成績も飛びぬけて良い。
ただ、同学年の女子から騒がれることはなかった。理由はもちろん真田絡み。
まだあんたが彼女なんて認めてないんだから。そんな目で見られる。ファンクラブはまだ解散したわけではないのだ。
今日も阻止できなかったな。小田桐は眉をひそめたまま制服に着いた汚れを払う。二人は再び歩き始めた。
「嬉しいなー、あたしがチョコ好きってみんな知ってたんだー」
「・・・君は少し無自覚すぎるぞ」
「え?」
「いや・・・まあいい。ほら、紙袋だ。使いたまえ」
「小田桐くんの鞄ってなんでも出てくるよね」
「君のそばにいると嫌でもこうなるさ」
「いつもありがとね」
「・・・いや」
「というわけで、ハイ!」
差し出されたのはかわいらしい柄の包みに入ったチョコレート。
もちろん先ほどのものではなく、馨の鞄から取り出したもの。
半分嬉しくて、半分複雑だ。去年もそうだったな。
「・・・ありがとう」
やはり特別にはなれなかった。
けれどこの1年間、誰よりも多く君のそばにいられたことを嬉しく思う。
・・・
教室に入り、まず目に入ったのが机に突っ伏す荒垣だった。
留年した彼はもう「先輩」じゃない。クラスメイトだ。しかも、隣の席。
朝にめっぽう弱い彼は高確率でこの姿勢である。そしてびくともしない。
授業開始前に彼を起こすのは馨の役目になりつつあった。
「あらがきせんぱーい、起きてください」
「・・・」
「ねー」
「・・・」
「真次郎さん、起きてー」
「!!!」
なんだ、起きてるじゃない。馨は鞄を置いて着席する。
荒垣は苦虫を噛み潰したような顔で大きくうなだれている。
いつも何かしらの弱点を突かれて起こされる。これが毎朝の光景である。
「・・・ったく、おめぇは・・・」
「なんです?」
「妙な呼び方するんじゃねえ」
「風花はいいのに?」
「!!!!」
「風花がいるから料理部入ったんでしょ?」
「ば、おまっ、やめろ!」
「風花もねー、荒垣先輩のことばっかり話すんですよ?」
「なっ」
「一緒にお料理できて楽しい、って」
「・・・」
本日2回目の荒垣のため息。それが馨には照れ隠しに見えて仕方がない。
鞄から先ほど小田桐に渡したものと同じ包みを取り出した。
「ハイ」
「んだこりゃ」
「今日はバレンタインですよ」
「ああ」
「どうぞ!」
「わりぃな」
「本命は風花からもらってくださいね」
「ああ?」
「楽しみですねー」
「・・・ったく、そういう笑顔はアキにだけ向けてろ」
この流れで彼の名前が出てきたことに、馨は少なからず動揺した。一気に形勢逆転だ。
「こないだ久々に会ったら相変わらずうるせーんだよ」
「な、なにが」
「馨がどーしたこーしたってな」
「!!」
「しかも全部真顔の惚気だぜ?重いんだよ」
「・・・」
「今日くらいまっすぐ帰ってやれよ」
「えっ」
「掃除当番。変わってやる」
「えっ!」
「今年はお返ししねぇからな。これでチャラだ」
悪戯っぽくそう笑って、包みを開けてチョコレートを口に放り込んだ。
・・・
荒垣の気遣いは純粋に嬉しかった。
けれど、少しの時間のズレもあまり意味がなかった。
今日はたぶん、会えない。よくはわからないが、忙しそうだった。
でもいいのだ。明日でも明後日でも、会えるのなら。
馨には、イベント当日にこだわる周りの女子の気持ちがあまりわからなかった。
だって、いつやったってそんなの同じじゃない?昔からそう思っていた。
でも人に贈り物をするのは好きだから。そんな風に迎えたバレンタインだった。
卒業はもう間近で、結果的にいくつも掛け持ちすることになった部活はとっくに引退した。
放課後の用事と言えば数少ない生徒会やバイトくらいか。忙しいくらいの方が楽しかった。今はなんだか物足りない。
あの後も、いろんな人からチョコレートをもらった。小田桐にもらった紙袋は、2つに増えていた。
この重みは嬉しい。でも一人で全部食べれるか心配だなあ。そう思い、校門を出たときだった。
「馨」
聞き間違えるはずのないその声。
振り向くと、彼がいた。去年自分が贈ったマフラーを首に巻いて。
立ち止まったままの馨のもとに、真田は歩み寄る。
「おかえり」
「・・・えっ、な、なんで」
「迎えに来た」
「・・・」
「迷惑か?」
全然そんなことはない。それを伝えようと必死に首を振る。
すると腕を取られて歩き始めた。駅の方へ。本当は手をつなぎたかったがあいにく両方ふさがっている。
その紙袋の中身を、詮索しないわけにはいかなかった。
「おまえ・・・なんだそれ」
「あ、えと、もらいました」
「ふうん」
「な、なんです?」
「べつに」
「・・・」
「去年の俺を見ているようだ」
それがやきもちなのか何なのか、本人でさえもよくわからない。
「それだけあれば、俺のはいらないか?」
からかうように、すねたようにそう言って、慌てふためく恋人が見たかっただけかもしれない。
去年彼女に全く同じことを言われたように。
馨はそれに気付いたようで、口をとがらせながら小さく体当たりをした。
「もう、チョコあげませんから」
「拗ねるなよ」
「・・・今年も、ホットケーキですから」
「それは楽しみだ」
「今年は実演です」
「実演?」
「目の前で作ってあげます」
「焼き立てが食えるのか」
そのかわり、このままスーパーまで付き合ってください。
ほんのちょっとしたことでも嬉しいのが、イベントの力だと思う。
2011/11/24
2月にアップすべき話を11月に。季節感ゼロです。イベントにこだわらないのは私だったりします。