内緒の約束
かわいくて仕方がない、愛してやまない自慢の娘が泣いている。
クリスマス前のおもちゃ量販店の店内でのこの光景はもはや当然。
右を見ても左を見ても、大絶叫して泣きわめく子供だらけだ。
欲しかったものを買ってもらっても、それ以上にほしいものが、その場で出来てしまった。
だからそれも買ってほしい。もちろん買ってもらえない。だったら泣くしかない。
結もそうだった。
けれど周りの子供と違うのは、声を殺してぼろぼろと涙だけを流している。
家の中ではお構いなしに泣き叫ぶというのに。
明彦は結と目線を合わせるように屈みこんで考えた。馨はいない。下の階に買い物に行っている。
ちらりと店の外のベンチを見渡せば、疲れ果てて生気を失った顔をしている父親たちが嫌でも目に入ってくる。
「結」
「・・・」
「どれがほしいんだ」
「・・・」
「言ってみろ」
「・・・、あれ」
涙を袖で拭いながら結が指差したのは、展示品のドールハウス。
しかし彼の記憶が正しければ、同じようなものが家にあるはずだ。
それを指摘すると、結はぶんぶんと首を振ってドールハウスに近づいた。
「違うの。これ」
結が手にしたのはドールハウスの部品の方だった。
どうやら新しい商品が追加されたらしい。ウサギの人形と、ミニチュアのベッド。
「おうちにいるうさぎさんのともだちなの」
「そうか」
「ぜったい会いたがってるよ」
「そうだな」
「・・・一緒にいさせてあげたいの」
本気でそう言う結のさみしげな表情は、驚くほど馨に似ていた。
――俺は少し、甘すぎるだろうか。
両手におもちゃを持ったままの結を抱き上げてそのままレジへ向かった。
「パパ」
「・・・ママには内緒だからな」
「うん!」
・・・
クリスマス用にラッピングされた小さな箱を、結の背負っているお気に入りのリュックに入れた。隠したという方が正解か。
買い物袋を提げて戻ってきた馨に、結は満面の笑みで駆け寄った。・・・嫌な予感がする。
「結!いい子にしてた?」
「うん!パパがうさぎさん買ってくれた!」
ああ・・・やっぱり。内緒の約束はどこに行ったんだ。
馨は小さくため息をついて明彦との距離を一歩縮めた。
「クリスマスプレゼントはもう買ったでしょ」
「・・・」
「何でもかんでも買い与えたらだめじゃない」
「いやしかし」
「しかし?」
「・・・部屋にいるうさぎの友達だそうだ」
「・・・」
「友達は多い方がいいだろ」
「そうね」
「つまり必須の出費だ」
「なるほど」
「ああ・・・それに」
結の方に目を向けると、そばのベンチでリュックを下ろし、プレゼントを取り出している。
しかしその手はリボンをほどこうとはしない。「内緒の約束」をここで思い出し、そわそわしているようだ。
自分はそんな経験を、一切してこなかったから。
「それに、欲しいものが手に入らない気持ちは痛いほどわかるしな」
さみしさと嬉しさが混じった彼の表情を見て、馨は何も言えなかった。
ただ確かなのは、そこにあるまっすぐな愛情だけ。