ジレンマ
目が覚めると同時に頭も体もすぐに動かせる状態になっていた。
寝起きの良さならたぶん誰にも負けない。仰向けのまま、目はまっすぐ天井を見つめていた。
さて、肩に乗っている馨の頭をどうやってどかそうか。そうしないと起き上がれない。
お互い裸のままで、馨は規則正しい寝息を立ててぴったり俺にくっついている。
抱きついているんじゃなく、くっついている。
このまま再び寝入れればどんなに幸せか。生憎仕事だし、眠くもない。細心の注意を払ってベッドから出た。
最後にネクタイを締めて、出勤準備は完了した。所用時間10分。いつも通りだ。
馨は今日、久々すぎる休日だ。そんな日くらいはゆっくり寝かせておきたい。
しかしもう一度顔くらい見たい。そう思って、そっと寝室のドアを開けた。
それを後悔した。一気に行きたくなくなった。新婚というこの時期も影響しているのかもしれない。
いつ寝返りを打ったのか、馨はベッドの真ん中でうつぶせになっていた。
顔だけをこちらに向けて、変わらず静かに寝息を立てている。
しかしその腕の中にはなぜか俺の部屋着。脱ぎ捨ててあったのをいつの間に。
大事そうに抱えて枕代わりにしている。薄めの毛布は腰までしかかかっていなかった。
つまり白くてきれいな小さな背中が惜しげもなく露わにされている。
ふと無意識に腕時計を見た。だめだ。もう行かなくては。そう思うと同時に携帯電話が鳴った。
とりあえず視線は馨の方に固定したまま、携帯を耳にあてた。
「俺だ」
「すみません出勤前に。確認したいことがいくつか――」
どこか焦っている部下の声で目が覚めた。どうやらまだ寝ぼけていたようだ。
部屋の壁に、力任せに頭突きをした。ずいぶんひどい音がした。それは電話の向こうにも聞こえたらしい。
「えっ!?ちょ、どうしたんですか!大丈夫ですか!?」
「問題ない」
「い、今ご自宅ですよね!?家庭内暴力・・・!?」
「問題ないと言ってるだろ。夫婦仲は円満すぎるくらいだ」
「そ、そうですか・・・」
ひりひりする額を押さえることなく、電話を肩に挟んで会話しながら馨の毛布を掛け直してやった。
まだ起きそうにない。携帯を閉じてポケットに突っ込み、やわらかい髪をそっと撫でた。
いってきます。自分でも聞き取れないくらいの小声でそう言い、寝室を後にした。