隣の芝生は青くない


大丈夫、ニセモノのお化けよりもシャドウの方がよっぽど怖いでしょ!?
ゆかりをなだめようとする親友の声は、きれいに右から左へ抜けていく。
だいたい誰よ、お化け屋敷なんてもん作った奴。ありえないから。

「ここ、日本で最恐のお化け屋敷らしいです」
「それはなにが基準なんだ?有里」
「さあ?口コミとかじゃないですか。あ、気絶した人の数とか?」
「なるほど」

男二人は入口の前でのんきにそんなことを話していた。
そんな情報いらないから。ていうか湊、あんた私の彼氏のくせに余計怖がらせてどういうつもり!?
いつもならゆかりのそんな心の声は、思ったまま口に出しているというのに、今は声すら出ない。
きっと私は今日、彼の言う「気絶した人の数」にカウントされることだろう。間違いなく。
腰が引けて足は震えている。肩出しルックのせいではない。マフラーは装備済みだ。
唯一の頼みの綱である馨の腕にしがみついていると、有里がにっこり笑ってゆかりの方を振り向いた。
なにそのいい笑顔。

「ほら行くよ、ゆ・か・り」
「無理!あたし行かない。3人で行ってきてよ」
「怖いの?」
「んなわけないでしょ!嫌いなだけよ」
「好き嫌いはダメだよ」
「こんなもん好きになる必要ないっつの!」
「俺と一緒なら平気だって」
「そういう問題じゃ」
ガシッと腕をつかまれる。その力はちょっとやそっとじゃ振り切れない。
そしてずるずると入口の方へ連れて行かれることになった。
「い、いやああ!!」
「大人二人で」
「はいどうぞ。途中退出はできませんのでご了承ください」
残された真田と馨は目を見合わせる。選択肢は一つしかない。
「俺達も・・・行くか」
「そうですね」

・・・

中に入ると、すぐに有里たちと合流した。彼らは全く前に進んでいない。
それもそのはず、二人の進行方向は真逆だからだ。繋がれた手は力の均衡を保っている。
「ゆかり、入口は出口じゃないよ」
「やだもう帰る!暗い!」
「ほら、先輩たち来ちゃったじゃん」

「おまえは心霊の類は平気なのか」
「人並みです。たぶん先輩と同じくらい」
「言っておくが俺は別に怖くない」
「じゃあ私も怖くないです」
タイミングよくというかなんというか。ちょうど4人の真ん中に、それはもうリアルな生首が降ってきた。
「わー、すごい」
「きゃああああ!!?!?」
表情を変えないままの有里に、ゆかりは背骨がきしむほどの力で抱きついた。
ぎりぎり、という耳をふさぎたくなるような音が真田たちの耳に届いた。
タルタロスで数えきれないほど弓をしならせてきた腕は決してか弱くはない。

「ゆかり、おっぱい当たってるよ」
「いやあああ!」
「あれ、離れちゃうの」
「暗闇でそんなこと言うなんて最低!」
「あ、ゆかりの後ろに白装束の女が」
「〜!!!」
ぎゅっ
「あー、幸せ」
「きゃああ!」
バシッ
「もういい!あっち行け!馨〜!」
「えっ、ちょ、ちょ、私も怖いよ!?」
ゆかりは泣きそうになりながら馨にしがみつく。
しかし入る前とは違い、同じように怖がっている彼女はあまり頼りにはならず、二人してあたふたするしかなかった。
ゆかりが馨に頼るなら、馨は真田に頼るほかない。
「せ、せんぱい」
「ん」
「・・・、腕をつかんでも」
「ああ」
「わ、私も!」
両手に花。馨とゆかりにしがみつかれて、真田は誰もが憧れるそんな状態になった。
有里はめったに動かさない顔の筋肉を最大限運動させてそれを非難した。
「あー!!真田先輩!俺のゆかりに何するんですか!」
「何ってなんだ」
「セクハラですよ!二股で訴えますよ!」
「おまえに言われたくないが」
「セクハラ大魔王に言われたくないです」
「なんだと!?」
「俺は参謀くらいで」
「なら俺は市民だ」
「一気に下げすぎですよ。市民は順平レベルです」
「俺があいつより欲望丸出しだっていうのか」
「言ってるじゃないですか。大魔王だって」
「・・・!!」
「リーダーもこんな大魔王を彼氏にしとくのはどうかと思うよ」
「諭すな!」
「ゆかり、変態がうつるからこっちに帰っておいで」
「有里!おまえいつからそんな饒舌になった」
「気を取り直していこうか、ゆかり」
この上なくうんざりした顔をしたゆかりは、有里に引っ張られていった。
もう二度と、ダブルデートなんてしない。女性陣は心に誓った。

・・・

「ゆかり、もうすぐ出口だよ」
「それさっきから何十回目よ!」
「あのさ、あんまり後ろから引っ張ると服伸びるし首締まるんだよね」
「後ろがいちばん安全なのよ!」
「俺が触れないじゃない」
「黙って歩いて!」
「はいはい」

一方こちらは。

「・・・」
「くっつきすぎだ。歩けない」
「ゆかりのせいで恐怖状態になりました」
「クリティカルを受けやすくなるし非常に危険だな」
「逃げ出せないし」
「確かに」
「動けないし・・・」
「一生出れないぞ」
「嫌です〜!」
「泣くな」
「泣いてないです」
「いい加減一歩踏み出したらどうだ?」
「そんなこと言われても・・・」
「仕方ないな。前と後ろどっちがいい」
「は?」
「答えろ」
「・・・じゃあ後ろで」
「わかった。ほら」
「な、なんですか」
「おぶってやる」
「え!?」
「一気に駆け抜けるぞ」
「ちなみに前を選ぶと」
「お姫様抱っこだな」
「・・・」

・・・

「ほらゆかり、出口だよ」
「だからさっきから何十回目よ〜!」
「ほんとだって。ほら明るいし」
「ほ、ほんとだ!」
「そういえば二人とも遅いな」
「途中でまた合流するかと思ったのに」
「・・・。なんか聞こえない」
「もう!そういうのもういいから!」
「いや足音が」
「早く出ようよ!」
恐る恐る歩いてきた方を振り向くと、見慣れた顔が。

「きゃあ!きゃああ!」
「騒ぐな」
「は、速いです!落ちる!」
「落ちるわけないだろ。俺が支えてるんだから」
「怖いです〜!」
「怖いわけあるか。トラップに引っかからないように走ってるんだから」
「それが怖いんですよ〜!」
「ほら、出口だ」
「おろして〜!」

ほら、セクハラ大魔王だろ?
真顔でそうつぶやく有里に、ゆかりは頷くしかなかった。

2011/12/11
セクハラ対決が見たいというすてきなコメントで思いついた・・・話・・・のはず・・・。