君の瞳に恋してる
人様の事情なんて知らないし知りたくもないし、
限りなくどうでもいいが、たぶん俺たちの頻度は少ない方だと思う。
どこから多くどこから少ないのか、それがわからない限り少ないと決めつけるのは早計か。
少なかろうが多かろうがどうでもいい。なぜなら一切の不満もないからだ。
それは少なすぎて不満を感じる要素がないのか、多すぎて何が不満かわからなくなっているのか。
やはりそれも、どちらでもいいことだ。
もちろん一緒に生活していく上での多少のずれや感覚の違いは小さな不満となって表れる。
それはお互い様だ。けれど不思議なことにというか当然というか、性の不一致なんて言葉とは無縁だった。
それどころか馨以外の女を抱きたいとも思わない。だからというのはかなり語弊があるが、結婚したのだ。
自分勝手だろうか。馨も同じ気持ちならといつも思う。
同期の男性が離婚したと口をこぼした。30歳を目前に、2年という短い結婚生活だったという。
彼は疲れ切っているというよりも、さみしげだった。
彼女のために国家公務員になったんだけどな。いくら好きでもどうしようもないことって、あるんだよなあ。
大学生ばかりの安っぽい居酒屋で、とりあえずのビールにはまったく口をつけずに放たれたその言葉、
それが自分には全く関係ないともあるとも言い切れない。俺はいつも通り一滴も飲まなかった。
真夜中の薄暗い寝室の中、馨の服に手をかけながらふと思う。
こうして身体を重ねるのは何日ぶりだろうか。2日、いや3日。違うな、ちょうど1週間前か?
数えてみればずいぶん時間がたったように思えるが、体感としてももっと長いような短いような。
それがわからないくらい、今はうまく頭が回らない。いつもそうだ。要はそれだけ夢中になる。
あっという間に服をはぎ取って細い首筋に舌を這わせると、少し汗ばんだ小さな手が俺の背中に回される。
それを合図にしたように、より深く抱きしめた。するとベッドが軽くしなって無機質な音が鳴る。
誘うような甘いにおいに陶酔しながら、ふと先日の居酒屋でのことを思い出していた。そしてさらに10年前のことも。
「・・・明彦」
「ん」
「どうかしたの」
馨は小さく顔を動かして、俺の方を向いた。赤い瞳は相変わらず暗闇でもきれいだった。
しばらくそうして眺めていると、馨はあきらめたように笑った。つられて小さく笑ってしまう。
それを遮るように、再び強く抱きしめた。
好きでもどうしようもないことがあるから別れるというのが一般的か。
あのころも今も、俺の気持ちは変わらない。馨の気持ちが変わらない限り。
事が終わったら殴られるんじゃないかと思うくらいに焦らした後、ゆっくり時間をかけて挿入した。
はやく、と急かす唇を強引に奪う。それを何回も繰り返した。ついさっきまで見とれていた赤い瞳には涙がたまっている。
その結果がこれだ。そんな光景に余計興奮してしまうあたり、俺はどうしようもないと思う。
いざその姿勢になると、もどかしいような何とも言えない顔をして、身をよじって素直に俺を受け止める。
そんな彼女がかわいくて仕方がなかった。
きつく繋がって溶け始めていた下腹部を落ち着けるように、馨の手を取って深く口づけようとしたときだった。
ピリリリ、という着信音が部屋中に響き渡る。
それは頭上のヘッドボードから聞こえた。名残惜しいがとりあえず顔を離した。
妙に早い脈拍は収まりそうにない。思わず眉間にしわが寄る。馨はぱちくりと目を瞬かせている。
「誰だこんなに時間に・・・」
そう言った自分の声はかすれていた。馨を下に組み敷いたまま、体と片腕を伸ばしてうるさく鳴り響く携帯電話を探り当てる。
ちょうど俺の鎖骨の下あたりに馨の顔があるような状態になった。もちろん彼女に体重をかけたりはしない。
当たり前のように携帯電話を開く俺に、馨は素っ頓狂な声を上げた。
「で、出るの!?」
「ああ、急用かもしれないし」
「そ、そうじゃなくて」
「なんだ」
「出るなら・・・抜いてよ」
馨は言いづらそうに語尾をあいまいにした。熱く、それでもぬるいようなそこは繋がったままだ。
「なぜだ」
「仕事の電話でしょ!」
「さあな。いたずら電話かも」
「ちょ、ちょ、待っ」
「おとなしくしてろ」
空いている方の手で馨を黙らせる。その体勢のまま、着信画面を見ることなく通話ボタンを押した。
「はい」
「俺だ、悪いが例の資料――」
「・・・なんだ、神郷か」
「なんだとはなんだ。別に非通知じゃないぞ」
「もう送った」
「・・・」
「明日には届くと思う。確認してくれ。それだけか?」
「ああ、それだけだ。・・・取り込み中だったか。声がかすれている」
「まあな」
ちら、と視線を下にやると、不意を突かれて髪の毛を引っ張られた。子供かおまえは。
「痛」
「なんだ?」
「ああ、かわいくて仕方のない猫が俺の下で暴れててな」
聞き分けのない細い腕を強めに枕元に押し付けて、ふさがった両手の代わりに腰を動かした。
「!!、ん、く・・・っ」
予想通り、馨は背中を浮かせてとっさに口を押さえた。そこから漏れるかすかな声がいじらしい。
電話の向こうの神郷はこう続ける。
「暴れてるのはおまえじゃなくて、か?」
「馬鹿言うな。そんなわけあるか」
「まあいい。また連絡する。・・・ほどほどにな」
そう言って電話は切れた。携帯を閉じて再びヘッドボードの元の位置に戻し、体もあるべき場所に戻した。
伸ばしていた筋肉が収縮するのがわかる。馨は恨めしそうに俺をにらんでいた。弱々しい顔でにらまれてもそそるだけだ。
「よく声出さなかったな」
「・・・」
「えらいえらい」
小さな頭を軽くなでると、ぱっとふり払われた。それに構わず頬を寄せた。今度ははねのけられないくらいの力で。
そうすれば抵抗はできなくなる。
「まあ、あんなかわいい声、誰にも聞かれたくはないし」
「〜っ」
「な」
「もういい。寝る!」
「そんな状態で寝れるのか?」
「な、なんでずっと大きいままなの」
「気をそぐ要素は一つもないからな」
それはおまえだって同じだろう。
いやむしろ、か。それは言わないでおこう。
2011/12/13
時系列的にはトリニティソウル本編中(前半)です。
記録を塗り替えてきた恐ろしい男があのまま成長するとこうなるよねっていう。それにしてもひどい。変態がド変態に。