恋の駆け引きは向いてない。私は。



お互い様



はっと気づいたときには遅かった。
なぜかラウンジのソファで寝てしまっていて、目が覚めたら向かいのソファに彼がいたのだ。
そのまま起き上がってもよかった。けど薄目を開けたまま、なんとなくこのままでいたかった。
こうして少し離れたところから、見ていたかった。そんなのいつでもできるけど、彼の意識してない彼を見ていたかった。
今何時なんだろう。体を動かせば気づかれるし、どうしようもできない。
狭い視界に移る彼は雑誌を読んでいた。何の雑誌かはよく見えない。
手元には紙パックの牛乳と、ばりばりという音からおせんべい。牛乳とせんべいって・・・。
濃い蒼い瞳はゆっくりと活字を追っている。上から下に、時々左に。
それがどこまでも彼らしくてなんだかおかしい。ほほえましいというのが正解か。
幸せだなあ、なんか。こうしてそばにいられることが。二人きりってなんだか心地いい。彼が私を意識しなくても、だ。

ふと寒気を感じた。こんな時期に、こんな場所で制服で寝ていれば確かに体も冷える。
やばい。くしゃみ・・・!
「・・・くしゅっ」
我慢できなかった。湊は顔だけをこちらに向けたようだ。さっきまでは感じなかった視線を感じる・・・。
「ゆかり」
とりあえず、そのまま狸寝入りを続けてみた。
「起きてるんでしょ?ずっと」
まさかの言葉に思わず体を起こす。ずっと横になっていたせいか頭が重い。
「薄目開けて俺のこと見てた」
「ち、ちが」
「ゆかりが目閉じてる間は、俺もゆかりのこと見てたけど」
彼はそう言って少しだけ口の端を上げた。
笑ってるような笑ってないような微妙な変化。けれど私はこの変化に敏感だった。

「み、見てたって」
「主に足とかね」
「!!」
「ゆかりの生足じろじろ見れるチャンスだし」
「なっ」
「ごちそうさまでした」
ぱん、と両手を合わせて彼はうつむいた。
それは私に向けられているとも目の前のおせんべいに向けられているともわからない角度。
「さ、最低!」
「お互い様だよ」
「う」
「今日タルタロス人少ないから、覚悟しといて」
「えぇ!?」
「俺と順平と真田先輩だけだから」
「なら行かなくていいじゃん!」
「だめだよ。満月近いんだから。あ、二人とも帰ってきた」

彼はポケットに手を入れてソファから立ち上がる。
脇に置かれた雑誌は、私が置きっぱなしだったファッション雑誌だった。




2011/12/14

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