リーダーを救出せよ!
「え?馨がいなくなった?」
昼休みの2年F組。
いつもの喧騒だが、一部には緊張感が走っていた。
ゆかり、順平にくわえて隣のクラスの風花もゆかりによって召集された。
”いなくなった”馨の机の周りを囲んで議論が始まった。
「たしかに・・・変だよな。もう昼休みだぜ」
「おかしいってぜったい!朝は一緒にきたもん!」
「落ち着いてゆかりちゃん!えと、一緒に登校した後は?」
時々こうして感情的になるゆかりを落ち着かせるのは、風花の役目になっていた。それはタルタロス以外の、学校でも寮でも。
「・・・えっと、下駄箱までは一緒にいた。で、・・・そうだ!馨、誰かに呼ばれて私と別れたの!」
「誰かって誰だよ?」
「知らないやつだった。女だったよ」
「馨が誰かに呼ばれるなんて毎日のことだからさ、それがあたしの知らないやつでも特に気にしなかったんだ」
「てことは・・・その女子を見つければ手掛かりになりそうだよね」
風花は一見おとなしく、ぼーっとしているようだが、実はしっかりしている。いつでも冷静なのだ。
「うっし!それじゃあ探しますかー」
「私のペルソナで探せば一発なんだけど・・・」
「確かに・・・でもさすがに学校ん中でやっちゃったらまずいっしょ」
「だよね・・・」
馨がいなくなった。ケータイもつながらない。電源が入っていないようだ。ゆかりと別れたまま、連絡がつかない。
1限が終わっても2限が終わっても戻ってこない。おかしいとは思ったが、待ってみた。
しかし昼休みになっても馨は一向に戻ってこない。保健室にも、職員室にも、屋上にもトイレにもいなかった。
さすがにおかしい。嫌な予感がしたゆかりは、さっそく昼休みに2年生組を招集したというわけだった。
「――まさか・・・シャドウ!?」
「・・・そうか、まさか風花んときと同じか!?」
「そんな・・・馨ちゃん!」
「あーもう!ゆかりッチ、先輩たちんとこ行こうぜ!」
「うん!」
昼休みはすでに終わろうとしていた。しかし今そんなことは関係ない。
3年生の教室がある階に、順平たちは急いでやってきた。
突然の2年生軍団の出現に周囲はざわついたが、ためらっている暇はない。
「あっ、いた!」
「・・・ん?お、おまえたち!どうしたんだ」
昼休みに教室にいるという可能性は決して高くはなかったが、ラッキーだった。
美鶴は昼食を終えたところのようだ。真田は午後から登校してくるらしいとのこと。
それにしても、ケータイをつかったほうが早かったんじゃないかと、風花だけが密かに思っていた。
3階踊り場。
昼休みが終わる間際のため周囲は慌ただしかった。
一見4人の集まりは井戸端会議だが、”S.E.E.S.緊急招集会議”とも言える。
「っつーわけなんす」
「ふむ・・・それはたしかに変だな。槇村らしくない」
「で・・・シャドウの可能性って、あるんですかね」
「可能性としては低いな。槇村は朝はいたんだろう?シャドウが出るのは影時間だけだ。
山岸だって夜中の学校にいたからああいうことになったんだ。それになにより、あの槇村がやすやすと捕まるとは到底思えない」
「た、たしかに・・・」
「しかし敵は常に変わってきている。信じがたいが、影時間でなくても発生しているのかもしれないな・・・。
やつらに”ぜったい”なんて通用しないからな。
とにかく今の手掛かりは、ゆかりの見た”女子生徒”だけなんだろう?まずはソイツを探し出そう」
美鶴の分析は皆を納得させた。無駄がなく、論点が定まっている。さすがだ。
「よし!で、ゆかりッチ、そいつはどんな顔だった!?」
「えーっと、・・・特徴ない顔だったからなあ・・・。・・・・うーんと、・・・ん?――あ、いた!あいつだよ!」
ゆかりの指差す方向は、階段の下にいた一人の女子生徒――。
「って、いきなり?!さすがゆかりッチ!」
「さすがだな山岸。ペルソナなくとも索敵、いや該当者をこの場に引き寄せるとはすばらしいスキルだ!」
「え?!いや、あのあたしはなにも・・・」
「よし行くよみんな!!総攻撃!!」
4人の異常な勢いに圧倒され、その女子生徒は全速力で逃げた。しかしあっさりとつかまった。
「さあ馨の居場所を吐きなさい!さもないと毒塗った弓で頭蓋骨貫通させてやるから!」
「ゆ、ゆかりちゃん落ち着いて!」
その女子生徒は、美鶴に後ろからしっかり押さえつけられている。しかしゆかりの詰問にも口を割ろうとしない。
「この・・・!!」
「まあ待てゆかり。さて、君は2年生だね」
「だったら何よ!」
「生徒会長というのは便利なものでね。学校行事の企画運営すべての権限を持っているんだ」
「は?」
「そこで私から提案なんだが、修学旅行や遠足などの行事・部活動をすべて廃止して毎週末定期テストを行うというのはどうだろう」
「!?!」
「おっと、授業中の小テストを想像しないでくれよ。放課後も部活の代わりに毎日補習だ。
テストの結果が悪ければ即落第。やがては強制退学というわかりやすいシステムだ。
なに、実現可能性について心配しなくてもこの学園の母体は我が桐条グループだからな。一人娘のわがままくらい聞いてくれるだろう」
「てことは毎日のようにあのテスト前の束縛を味わうことになるんすか?!」
「察しの通りだよ伊織。今日はなかなかさえてるじゃないか」
「いや、さえてるのは美鶴先輩の饒舌な口車です・・・」
「風花、今美鶴先輩ノリノリだから!」
「あ、ごめんなさい・・・」
「さ、どうする?それが嫌なら今すぐこの場で退学届をもらってもいいんだが・・・」
「わ、わかった!!わかったよ!言う!言うからあ!!」
「それでいい」
「・・・で、馨をどこやったの!?」
美鶴の勢いに圧倒されていたゆかりが気を取り直して彼女に詰め寄った。
「部室棟のそばの倉庫だよ」
「あ、あそこ!?てかけっこう人通りあるとこじゃん!倉庫自体は使われてないけど・・・」
「よし!そうとわかったら行くぜ!」
「待て。――君ひとりでやったのか?」
「・・・」
「ふう。しょうがない、お父様に学園改革計画の連絡を・・・」
「ち、ちがう!あたしは頼まれたの!・・・過激派に!」
「過激派?」
・・・
4人は目的の「倉庫」へと向かい、階段を駆け下りていた。
「おっともうこんな時間か。授業が終わってしまうな」
「ったく人騒がせにもほどがあるっつの!ねー真田サン!」
順平は不機嫌そうに眉をひそめて、この場にはいない真田ヘ振るような仕草をした。
「じゅ、順平くん!先輩のせいじゃないよ・・・」
「そーだよ順平!わるいのは真田先輩の異常なモテ方だよ!」
「明彦には女子除けスキル+回避ブースタをつけるべきか・・・」
「・・・」
さすがの風花にも、フォローしきれなかった。
馨をさらった女子生徒は、真田ファンクラブの過激派に頼まれてやったことだと主張した。
「ファンクラブが抜け駆け禁止なのは知ってるでしょ・・・
槇村はさ、転校してきてからやたらと先輩と一緒にいるから、やっかまれたのよ」
「なによそれ!逆恨みじゃん!これだから女は・・・!
だいたい馨と真田先輩はつきあってんだよ!見りゃわかるじゃん!」
「・・・」
「・・・あ、あれ?」
「そうなの?」
「初耳です・・・」
「・・・まあいいや!とにかく、余計なお世話だってこと!」
「シャドウは関係なかった・・・ということか。しかし過激派とは物騒だな・・・彼女に危害を加える可能性はあるのか?」
「わかんない。あたしは呼びだすように言われただけだし・・・」
「い、いくら馨がおてんばで強くたって、女の子すよ?!
あっちに男がいたらやばくないすか?!はやく助けにいかねーと!」
「・・・よし行こう。山岸、君は彼女とここに残っていてくれないか?」
「ええっ!」
「敵が不利になった場合、彼女をどう使ってくるかわからない。見張っておいてほしいんだ」
「・・・わかりました!」
「あ、あたしそんな重要な役まわってこないと思うんだけど・・・」
「あっでも先輩!風花がいなくなったらパーティのバランス崩れるっすよ!」
「む、それもそうだな・・・仕方ない。2人とも連れて行こう。山岸、君の鋭く的確なツッコミは私たちに必要な力だ。
君以外に、誰が私を止められるというんだ?」
「・・・がんばります」
風花はすでにつかれていた。
一方その頃、部室棟の倉庫・・・。
「ほらほらねーちゃん!スカートめくっちゃうよ〜!!」
「きゃー!やめてー!」
埃っぽく、暗がりな倉庫の中。天窓から差し込む太陽だけが頼りだった。
そんな中、馨は複数の男に囲まれていた。まさに絶体絶命のピンチである。
「キョウコー・・・やっぱ、やりすぎじゃない?」
「はあ?なによアミ」
「だ、だって・・・」
「いーのよあんなやつ!まわされちゃえばいいのよ」
「・・・」
「あたしらもう何年も追っかけやってんのに、あいつは転校してすぐ先輩と・・・!マジ許せない!」
「キョウコ・・・」
派手な化粧に短いスカート、履きつぶしたブラウンローファー。
似た出で立ちのアミとキョウコは倉庫の前で仁王立ちしていた。
倉庫に人を近寄せないためだ。しかし目立つ二人にとってそれは逆効果だった。
「――あ!いた!あいつらじゃない?!うわーっ、たしかに過激派って感じ!」
「わざわざお出迎えとはありがたい」
「ん?でも馨ッチがいねーぞ!」
「おそらく中に閉じ込められているのかと」
「山岸、おまえ千里眼まで使えるとは・・・ブリリアント!」
「・・・」(ツッコむ元気がない)
「な、なによあんたたち!」
「あんたらこそなによ!とっとと馨を返しなさい!」
「な・・・ばれた!?」
「ちっ、あの役立たず・・・!」
「あの・・・私ここにいるんですけど・・・」
「その役立たずなら一緒に連れてきた。観念しろ」
両者約3メートルの間合い。しかしここは部活動の生徒たちが行きかう場でもある。
ちょうど放課後になり、人通りが激しい。間合いの間にも人が行き交い、緊張感はさほどない。
「ちょ、キョウコ!やばいよ、生徒会長までいるよ・・・?!」
「――フン!一足遅かったみたいよ」
「なんだと!?」
「槇村はこの中だよ。今頃真っ暗闇で知らない男と仲良くなってるんじゃない?」
「・・・!!!」
「馨・・・」
4人は一斉に絶望の表情へと変わる。キョウコは勝ちを確信した。
「―――槇村!!」
美鶴たちの後ろから聞こえたのは、真田の声だった。
息を切らせて、足がふらついている。その表情は切羽詰っていた。
「明彦!なぜここに」
「オレが電話したんす。馨が拉致られたって」
「順平・・・おまえ、場所くらい、言え!おかげで、走り回って・・・ぐっ、アバラが」
「そういえば明彦は再びシャドウにアバラをやられていたな」
「ああ・・・今病院帰りだ。それより槇村はどこだ!?」
「ちょ・・・キョウコ!に、逃げるよ!」
「・・・」
突然すぎる真田の登場に二人は放心していた。
我に返ったアミは、キョウコを連れてその場を立ち去ろうとしていた。
「・・・!この・・・っ待てコラぁ!!」
「ゆかりちゃん!」
「ゆかり!殺すなよ!半殺し以上にしておけ!」
「了解です!」
「そ、それってどっちなんですか・・・?!」
「風花、よくツッコんだ!」
「じゅ、順平君・・」
「おい、順平、状況がまったくわからんが槇村はあの中か」
真田は脇腹を抱えながら輪に入ってきた。
「・・・はい、でも・・・」
「・・・!手遅れだってのか!?」
「・・・」
「くそっ!」
真田は鞄を放り投げ、倉庫へ走り出した。
すると、待ち構えていたかのように校舎から男子生徒が3人登場し、倉庫の前へ立ちはだかった。
「どけ!殴り殺すぞ」
「おうおう、ぶっそうじゃねーか」
「まだ中はお楽しみ中なんだよ」
「殴れるもんなら殴ってみろよ。このギャラリーの中、ボクシング部主将様が一般生徒をボコッたなんて、廃部かもしれねーなあ?」
彼らの言うとおり、周りには多くの野次馬ができていた。さすがに騒ぎすぎたらしい。
しかも騒動の主はあの有名人、真田と美鶴の2人である。気にならないわけがない。
「明彦、よせ!彼らの思うツボだ!冷静になれ!」
「・・・な、なんだか先輩2人のせいですごい展開に・・・」
「言うな・・・風花。そりゃオレもわかってる」
「そんなことどうでもいい!」
美鶴の制止を振り切って、真田は拳を振り上げた。
その時。
「――先輩!やめて!」
「・・・か、馨ちゃん!?」
「・・・だよな、今の声」
倉庫の中から、聞きなれた声。真田の拳は男子生徒(A)の鼻先寸前でピタッと止まった。
「馨!無事か!?な・・・なにもされてないか!?」
「あ、はい、ていうか私以外が無事じゃないっていうか・・・。と、とにかく殴るのはダメです!」
「なにいってんだ!?こいつらが何しようとしたかわかるだろ!」
「私が心配してるのは先輩の手です!そいつらが下手に避けて、先輩の大事な拳を痛めたらどうするんですか!」
「!、馨・・・」
「私なら大丈夫ですから!」
「明彦。・・・やめておけ」
「・・・っ」
美鶴が歩み寄り、真田の肩をたたいた。
「じゅ・・・順平くん」
「・・・なんだよ」
「あたしたち、いる意味あるかな・・・」
「あの先輩二人のキャラが濃すぎて・・・どうだろうな・・・」
「くそ・・・っ!せめて召喚器をもってくればよかった」
「だ、だからダメですって外でペルソナ呼んじゃあ!」
「明彦。私にいい考えがある」
「?」
「こいつらをこのまま夜の学校においておこう。
山岸と同じようにタルタロスへ放り込むんだ。前回の元凶は倒してしまったが、まあなんとかなるだろう」
「!美鶴・・・」
「そしてシャドウとして、おまえのペルソナで全力を持って倒すがいい!」(グッ!)
「いやいや、それ人としてダメでしょ!美鶴先輩なにいってんすか!」
「わ、私のトラウマが・・・」
「ホラ風花だって思い出して怖がってますって!」
「・・・開けてください〜」
「!そうだ、馨!待ってろ今開けてやる!」
「伊織、こいつらを頼む」
「ひ、ひとりで男3人を見てるんすか!?てかいつの間に気絶させたんすか」
真田の手によって、倉庫の鍵は開けられた。
そして――
「馨!」
「・・・せ、先輩・・・。ごめんなさい心配かけちゃって。・・・美鶴先輩も」
「いたって健康、無事のようだ。衣服も乱れていないし怪我もないな」
美鶴の言うとおり、馨は倉庫にいたせいで制服が少し汚れたものの、目立った被害は見当たらなかった。
「・・・・よかった・・・」
真田はため息をついて、馨を抱きしめた。
「あのー・・・馨ッチ、オレと風花もいるんだけど・・・」
「も、いいよ・・・下がってようよ」
馨の周りには男たちが伸びている。ちなみに真田は馨から離れようとしない。
「それにしても、よく大の男4人もここまでボコボコにできたな?槇村」
「あ、美鶴先輩・・・。それは・・・その」
「?」
「・・・えと、私のペルソナが・・・」
「召喚器は寮だろう?」
「襲われそうになったとき、勝手に出てきちゃって・・・タナトスが暴れまくっちゃって・・・あ、死んではないと思います」
「な・・・」
「・・・すみません・・・」
「いや、謝ることはない。勝手に出てきたとはいえ、君を守るためのことだ。これからも間違った暴走はしないだろう。
それにしても召喚器ナシでペルソナを出せるとは・・・君の可能性はまだまだ無限のようだ。おい明彦、そろそろ槇村から離れろ」
「・・・(ボソボソ)」
「・・・な、なんですか?――え?痛くて動けない?!」
「なに?」
「な、なんか治ったばかりのアバラがまた折れたって言ってます!」
「まったく・・・また当分タルタロスは無理だな。仕方ない、動かさずにそのまま病院へ逆戻りだ」
「こ、この体勢・・・抱き合ったままでですか?」
「ああ」
「む、むりです〜!!」
「・・・順平君」
「なんだよ」
「ゆかりちゃん探して、寮に帰ろう」
「・・・そうだな」