恋人がサンタクロース


思えば「彼女」として馨にプレゼントを贈るのは、クリスマスが初めてだった。
可憐なオルゴール。それは今も、馨の部屋に飾られている。

そして二人で迎える幾度目かのクリスマス。
クリスマスのほかにも二人分の誕生日、バレンタイン、ホワイトデー、などなどたくさんある。
ちなみにそういう記念日の日に二人一緒にいられたのはその半分くらいだ。
「その日じゃなきゃダメっていう女子の気持ちがわからない」というのが記念日を控えた馨の口癖だった。
それに同意はしていたが、プレゼントは事前に用意していた。そのたびに何かを贈っていたら、もうあげるものがなくなってしまった。
それは間違いか。プレゼントらしいものは贈りつくしてしまった。俺の想像力が乏しいだけか。
そんな今年のクリスマス、俺は困り果てていた。

懸念事項など何もない。そんな大学4年生の冬。すでにしつこいほどクリスマスムードに包まれている賑やかな街を歩いた。プレゼントを買うときは一人だと決めている。
例えば新しいネックレスを買ってもいいと思う。
けれど馨はずいぶん昔に贈ったネックレスを今も大事に手入れして使っているし、
そんな彼女を見ると新しいものなんて必要ない気がする。
物持ちがいい。それは長所だと思う。
さあ困った。周りを見渡せば、同じような若者が目につく。一人でショーウィンドウとにらめっこを繰り返す男子学生。
女同士でメンズフロアで騒ぐ女子高生。クリスマスというのはいつからカップルのための日になったんだ?
そんな認識があるから、クリスマス前の街というのはこういう現象が起こるんだ。
俺もその中の一人だと思うとなんだか情けなくなってくる。クリスマス商戦に一役買っているようで。
そんな考えを毎年繰り返してきて、毎年乗り越えている。

当てもなく物色するならビルの中のモールが最適だというのは学習してきた。やみくもにあちこち歩き回らなくてもなんとなく見つかる。
ネックなのが「居心地の悪さ」だが、さすがに慣れてきた。どう見ても女しかいない、女のための雑貨店にも平気な顔で入れるようになった。
どうだ、これがここ数年での大きな進歩だ。必ずじろじろ見られるが、もう二度と会うことのない赤の他人を気にしてもしょうがない。
その視線が高校時代感じていたものと同じだということには、気づかないふりをしておいた。さすがに声をかけてくるような女はいなかった。

ふと目に入った、棚いっぱいの・・・、なんだこれは、靴下か。
こんな分厚い素材で靴が履けるのか。一つ手に取ってタグを見てみる。
もこもこルームソックス。・・・?
同じ形のものが少し配色が違うだけで何十種類もある。思わずめまいがした。
意味が分からない。色なんて黒と白と赤があれば十分だろ・・・。ああ、あとは馨のためにオレンジか。
こうしてプレゼントを買いに行くたびに、新しい世界の洗礼を受けるのだ。俺は絶対マーケティング職にはつけないな。
その棚の上にはイメージポップが置かれていた。なるほど、部屋の中で防寒用に履くものなんだな。
そういえば馨も俺の部屋にこんなものを置いていたようなそうでもないような・・・。
深く考えずに、オレンジと白のボーダー柄のものを一つとった。似合うというか、馨が履けばかわいいと思ったからだ。
目線を隣に移すと、何やら不思議な「シュシュ」とやらが目に入る。名前からしてまたしても意味が分からない。
こういうこと以外の新聞に載るような横文字なら詳しいと思うんだが。
再び考える。もこもこソックスを片手に持ったまま真顔で考えてみる。同じ場所にヘアピンやゴムが置いてある。
ということは髪の毛に使うものか。そしてこの形状。そうか!!
「なるほど・・・奥が深い」
小さな声を発音することなく飲みこんで、その中のひとつを手に取った。
風呂上がりや軽い外出など、時間をかけずに髪をまとめられればきっと喜んでくれるだろう。
その二つを持ってレジに行った。ためらいや恥じらいなど何年も前に捨ててきた。女と付き合うというのはそういうプライドも捨てなきゃならない。

前に並んでいた女性とは違い、「ご自宅用ですか」とは聞かれなかった。代わりに笑顔で「クリスマス用のラッピング、無料です」。
頷く前に小さな袋に入れられリボンをつけられた。手のひらサイズの、小さなプレゼントになった。
その隣の店でクリスマスモチーフのいかにも甘そうなクッキーを買い、その隣の店で馨がいつも使っている化粧品のクリスマスコフレを買い(なぜかそれだけは頭に残っていた)
上の階の端の店で馨がほしいとぼやいていたブーツキーパーを買った。
その何の統合性もない品々は、一つ一つ違う色の違う模様の違うサイズの袋に入れられ、色とりどりのリボンをかけられた。
帰るころには、小さなプレゼントの袋が10近くあることに気が付いた。
おかしい。何してるんだ俺は。

・・・

24日も25日もやっぱり会えず、26日に馨は疲れた顔を隠して俺の部屋にやってきた。
ごめんね、実習だったの。それだけ言って、馨はいつもの笑顔を見せた。
あれだけ街全体が主張していたクリスマスムードは、夢だったかと思うほど影も形もなくなっていた。

とりあえず、最初に買ったものを渡した。馨は嬉しそうに、意外そうにリボンをほどく。
例年に比べると随分というか一気に見た目のレベルが落ちたからだろう。
「わあ!かわいい」
そう言って喜ぶ顔が、ずいぶん幼く見える。
「欲しかったの!もこもこ靴下はいくつあってもかわいいし、シュシュもちょうどなくなっちゃったの」
そうか、なら予測通りだ。
間髪入れず次の袋を渡す。まだあるの!?その言葉に、なんだかサンタクロースになった気分だ。
本当ならそういう格好を馨にしてもらいたいくらいだが。
「かわいい〜!おいしそー!ていうかこういうの絶対おいしい!ありがと!」
言うが早いかさっそくクッキーを口に運ぶ。その言葉の通り、美味しかったらしい。
そして次。
「えっ、えっ、嘘!これまだ売ってたの!?あ、駅ビルの方の?諦めてたのに」
何がいいんだかわからないクリスマスコフレもずいぶん喜んでくれた。
生活用品のくせにそういう雰囲気を醸し出さないうさぎを模したブーツキーパーも、その日のうちに開封された。
すべてを渡し終わり、馨の周りは袋とリボンでいっぱいになっていた。
その光景はよかったのか悪かったのか。歯切れ悪く口を開いた。
「・・・、おまえに似合うもの、と考えていたら、結果的にまとまりのない量になってな」
「私のこと考えてくれたの?」
「そりゃあ、まあ、そうだろ」
やっぱり昨日、無理してでも会いに来ればよかった。
そんな馨の小さな声が耳に届いた。その顔は悔しそうだし嬉しそうだ。
どんな心境の変化かは知らないが、イベントに対する考え方が少しだけ変わったらしい。


「私が選んだのもね、きっと喜んでくれると思うんだよね」
そう言って次々差し出された色とりどりの袋。きっとその中には小さなさりげないもの、
それでもお互いをよく知らないとわからないものが入っているんだろう。
恋人がサンタクロース。考えることは、一緒だった。

2011/12/18
クリスマス話なのにフライング。何回目でしょうか!
真田さんはこんな感じにアイドルにも詳しくなっていくのでしょう(遠い目)。