気持ちを言葉に変えた日
「馨、ごめんねさっき・・・平気?」
「全然。こう見えても丈夫だから」
「よかった」
その笑顔は本心だろうが、心配だし、こうしてイライラすることもある。
苦手だ、こういうタイプは。
影時間終了後、疲れた足取りで寮へ帰宅した面々。
リーダーである槇村をラウンジで捕まえて、強引にソファに座らせた。
「何ですか、怖い顔して」
「腕を見せろ」
「え」
「いいから」
無意識にひっこめられた細い左腕をグッとつかむと、槇村は眉をひそめた。
その表情の変化は思わず見過ごしてしまうほど小さなものだった。
それがどうしても気にくわなくて、口調がきつくなる。
「ほら見ろ」
「・・・」
「内出血なんてもんじゃない」
制服の袖をまくり上げて、肩に近い二の腕のあたり一面は重度の打撲を負っていた。
目立たない場所で、外傷はないから周りの人間は気づかない。
「岳羽をかばった時か」
「・・・」
「馬鹿。それならそれで受け身くらいとれ。無茶な動きするからだ」
説教じみた言葉を浴びせても、彼女はあれから表情を変えない。
どうにも一方通行な気がして、変色した部分をわざと力をこめて掴んだ。
「痛いなら痛いと言ったらどうだ。痛くないはずないだろ、この怪我」
自分でも、何がこんなに腹立たしいのかよくわからない。槇村は小さく息をついて口を開いた。
「言ってどうなるんですか?私、人にかかわるのは好きだけど人にかかわられるのは嫌いなんです」
予想外の言葉だった。どうしていきなりそんな話になるのか。
それ以上に、いつも明るい彼女とはまるで違う。それまでの、俺の毒気を抜かれるくらいに。
「痛ーいって泣いて心配してくれる両親はもういないし。それから会う大人は無関心だし。
自分の存在を認めてもらうのってめんどくさいんですよ。
だったら自分じゃなくて誰かを認めてあげて感謝されて、初めて自分も存在意義を感じるっていうのが私なんです。
私はそういう女です」
黙って聞いてはいたが、再び言いようのない感情に支配される。
「で、どうして怪我を隠したんだ」
「先輩には関係ないですから」
「・・・」
「極論を言っちゃえば、誰かを守って死ねるならそれでいいんです。さすがにまだ死にたくないですけど」
「・・・俺は」
膝の上に置いた拳を握りしめて、目の前の槇村を見据えた。
「俺はおまえみたいに自分がないやつが一番嫌いだ。女じゃなきゃ殴ってた」
すかさず槇村は言葉を返した。
「それ、男とか女とか関係あります?そういうのを意識するのって、力だけにこだわってる証拠じゃないですか」
的をついた言葉に思わず目を見開いた。自分でさえ、意識の奥の方に仕舞い込んで気付かないようにしていた事実を。
「・・・そうかもな」
緊張していた体勢を崩してソファに背を預けた。もうこれ以上は意味がない。
「なんで俺にそんなことを話した。本音だろ?それ。イメージダウンどころじゃない」
「そうですね、先輩は唯一私を頼ったりしないですから」
「なるほど」
「そこまで他人に無関心で自分を貫けるのってすごいですよ。私もそんな風になりたいです」
「あまり勧めないがな」
「あ、嫌味じゃないですよ。本気です」
「わかってるそれくらい。おまえは馬鹿正直だからな」
「それは先輩もですよ。ぜんぜんやさしくないですし」
「優しさなんて必要ないだろ」
「それでも私にはすごく優しいですね」
「・・・」
「初めてです、そういう意味わかんない人」
「優しくした覚えはない」
「えー?私いま嬉しいのに」
「おまえこそ意味が分からない」
「女心はそう簡単につかめませんよ」
「ほらもう寝るぞ」
「えー」
「明日ちゃんと病院行けよ」
「はーい」
「むしろ痛くて寝れないんじゃないか」
「我慢します」
「残念だったな、この部に俺がいて」
「は?」
「もう一人で無理させる気はないからな」
「しつこそう」
「ああ。勝手に死なせたりしない。後味が悪いからな」
「そんな人だとは思いませんでした」
「なんだその笑顔は」
「私はいつも笑顔です」
「嘘つけ。じゃあさっきの腹黒い顔は何だ」
「ギャップです」
「自分で言うのか」
この先も二人でいたい。
二人同時にそう思ったのは、今は知る由もない。
2011/12/18
星コミュがなかった場合はこんな感じになる気がします。
君と想い出・十題 「気持ちを言葉に変えた日」…thanks! リライト