赤い糸
「ほーんと、久しぶりですね」
「ああ」
「もちろんおごりですよね?」
「なぜだ」
「冗談です。あ、お昼まだなんで、いいですか?」
「ああ」
何年かぶりに見るその人は、ちっとも変わらないようで別人のようにもなっていた。
まあ彼から見れば私もそう見えているのかもしれない。
珍しく(かどうかは知らないが)手袋をはめていない左手の薬指には、細い指輪が光っていた。
昼過ぎのファミリーレストランの窓際で、ふと着信音が鳴り響く。
彼の方だった。悪いな、とだけ言って席を立つ。
ストラップも何もついていないシンプルな赤い携帯電話。それを見て、聞きたいことができてしまった。
2分ほどして彼が戻ってくる。きっと仕事の電話だろう。もう私の分の料理は運ばれていた。
「その格好でトマトパスタか。変わってないな岳羽は」
「ソースを服に飛ばさない食べ方くらい心得てますから」
「なるほど」
「あの」
「なんだ?」
「赤、好きですよね」
この人の身に着けるものは何かと赤が多いことに気が付いた。
10年経った今になってだ。あまりに自然すぎて気づけという方が難しい。
高校時代のベストも赤。今締めている高そうなネクタイも赤。そして携帯電話もワインレッド。
注文したコーヒーを口に運びながら、彼は静かにこう言った。
「ああ。きれいだろ?」
意外な言葉だった。てっきり、燃えるだろ?とか言いそうだと思ったのに。
言葉も意外だし、その優しげな口調も表情も。
この堅物男にそんな顔させるなんて、昔も今もやっぱり私の親友しかいない。
「ゆかり!」
少し遅れてやってきた私の親友。
ちっとも変わらない笑顔で、自分の夫の隣に座った。馨は早速メニューを広げる。
「・・・ここのケーキ、おいしいんだよね」
「2個食べるとか言わないでよね」
「えっ」
「だめよ。あんた妊婦でしょ」
赤い瞳は納得したように、違うメニューを追っている。
べつに、食べるなとは言ってないって。隣の彼は、頬杖をついてそんな馨を眺めていた。
「たしかに、きれいな色ね」
馨は、え?と顔を上げて私を見つめた。
透き通るような、それでいて深みのある赤い瞳で。
赤はあんたの色でもあるのよね、馨。先輩が赤を好きな理由も、身に着ける理由も、わかる気がする。