special sweet sweet potato
クリスマスイブの放課後に、私の隣に真田先輩がいる。
当たり前のようで、信じられないことでもあった。
並んで歩く帰り道も、なんだか今日だけは特別に思えた。ちらりと視線を右上にやると見える横顔。寒さで染まる白い息でさえも愛しい。
それはやっぱり街のクリスマスムードに洗脳されちゃってる証拠だろう。私もまだまだだ。
そういう言い訳をしないと正気でいられないくらい、嬉しかった。
嬉しいならそうだと言って、腕にしがみつくなりキスをせがむなりアクションを起こしたい。
無邪気な顔でそれができるほど、私は「つきあう」に慣れていなかった。
多分、周りのカップルより会話が少ないのはいつもどおり。
それでもたまにぶつかる肩に距離の短さを実感して、やっぱり嬉しくて仕方がなかった。
特別な日に私との時間をとってくれる。特別扱いしてくれる。それだけで、嬉しい。
「へえ・・・すごいな」
いつもより多くの人でにぎわうポロニアンモール。
中央の大きなツリーに目をやって、やっと口を開いたかと思えばあまり感情のこもっていない感嘆の言葉。
それでもいつもより彼の目がキラキラしてるのは、まぶしいくらいのイルミネーションのせいだろうか。
手をつなぐタイミングを、ずっと探していた。少し後ろに下がって、距離を縮める。
問いかけられたわけじゃないけど、心ここにあらずの返事を返す。
「ほんと。すごいですね、きれい」
「今日は特別、だな」
そう言いながら振り向かれる。同時にそっとやさしく手を取られた。驚いて顔を上げる。
「行こう」
繋がれた手を引かれて歩き出す。ああ、もっと――はやくから、こうしたかった。
冷たいけどあたたかい。緊張するけど嬉しい。手を繋ぐ。たったこれだけなのに、どうしてこんなにいろんな感情が出てくるんだろう。
・・・
「・・・なあ」
あらかた歩いて座ったベンチで、改まったような声。わかりやすい緊張が伝わってきた。
何も言わずに顔を向けて、続きを待った。
「・・・、おまえにプレゼントがあるんだ」
予想外とはあえて言わない。クリスマスにプレゼントなんて、もはや当然のような風習。
それでもやっぱり、彼の口から直接この言葉を聞けるとは思っていなかった。
先輩は、脇に置かれた鞄からごそごそと何かを取り出す。それを見るのは、もったいないようなわくわくするような。
取り出されたのはかわいくラッピングされた箱。手のひらより少し大きいくらいだ。
中を開けてもいないのに、それだけで嬉しかった。胸がいっぱいになる。その箱は先輩の手から私に差し出される。
少しだけ重い。開けてもいい?と目で訴える。きっとこの時の私の目は、子供みたいにキラキラしてたに違いない。
先輩は不器用な笑い方で、ああ、と言った。
リボンをほどくのももったいない。包装紙を開くのももったいない。けれど早く中身を見たい。
いくつもの思いが混じりながら慎重に手を進める。丈夫そうな箱の中に入っていたのは、おそらく、オルゴールだった。
「かわいい・・・」
意識せずとも笑顔が浮かんで、発した声も幾分高い。嬉しいのにどうしたらそれを伝えられるのかわからない。
「こういうのは、選んだことがなくて・・・その、」
照れくさそうな、言い訳をするような。少し言いよどんだ後、「なんでもない」と小声で返ってきた。
いっぱいいっぱいになって、静かに箱を閉じた。ラッピングもできるだけ元通りにして、自分の鞄にそっとしまう。
これ以上どうやって笑えばいいのかわからない。目があって、微笑まれたりしたら涙が出るかもしれない。
気持ちを落ち着けるように、自分が用意したプレゼントを取り出した。
「これ、私からです」
袋は二つあった。大きなものと小さなもの。どっちがいい?なんてことじゃない。両方だ。
「開けてもいいか?」
その言葉に小さく頷く。さっきよりもドキドキする。喜んでくれるだろうか。期待と不安。さっきの先輩も同じ気持ちだったのだろう。
リボンをほどくその長い指に思わず見とれる。これもクリスマス効果だろうか。
まず大きい方。明るい色のマフラー。ベベと一緒に同好会でつくったものだ。手編みは初めてだったけど、なんとか頑張って完成させた。
「これ・・・俺にはちょっとかわいすぎないか?」
そう言いながらさっそく首に巻いてくれた。よかった、似合う。ていうか先輩にはなんでも似合う。
まさかこれ、手編みか?そう聞かれて、微妙な笑顔で「はい」と言う。自信満々に肯定できるほどの出来じゃなかったから。
マフラーを巻いたまま、小さい方の袋に手をかける。見た感じで「お菓子」とわかるようなラッピングだ。
中身はスイートポテト。私が作る料理部のお菓子の中で、先輩はこれが一番好きなように見えたから。
マフラーのついでというわけじゃないけど、ささやかな気持ちだ。
気のせいか、袋を開けた先輩の顔はさっきよりも輝いてるような。ずいぶん嬉しそうだ。
「相変わらず、うまそうだな」
花より団子、そういうところが先輩らしくて私は好きだ。
「一緒に食べよう」
当たり前のようにそう言われた。そういうつもりじゃなかったから、首を振って遠慮した。全部先輩のです、そういう意味を込めて。・・・しかし。
「ほら、口開けろ」
先輩は一つをつまんで私の口元に差し出した。甘いにおいが鼻をくすぐって、思わずのどが鳴る。
ああもうだめだ、逃げられない。こうなったら絶対に勝てないって、私は知っていた。
恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。イルミネーションの中で、並んで座って、こんな光景、バカップル以外のなにものでもない。
よりによって自分がそうなるって認めたくない。それは先輩だって同じはずなのに、なんで私だけ。
耳まで赤くなるのを感じながら、なかなか素直に口を開けない。もともとこういうのは苦手だし、何より人目をひく。
周りに同じようなカップルはたくさんいて、特別目立つわけじゃないってわかっていても、だ。
「なんだ、口移しがいいのか」
いつの間にか肩が重なるくらいに密着していて、耳に響いた甘い声。からかうような本気のような。きっとわざとだ。重なった右半身が異様に熱い。
意味を理解する前に反射的に肩がこわばる。それからようやく声が出る。
「な、なっ、――むぐ」
すかさずスイートポテトを半開きの口に押し込まれる。先輩は何事もなかったように、ベンチに背を預けて元の姿勢に戻った。
「あんまりからかうな」
それはどう考えても私のセリフだ。意味が分からない。ていうか――やった本人が赤くならないでほしい。
・・・
結局スイートポテトはすぐになくなった。なくなったと気づいた途端、先輩は心の底から悔しそうな顔をした。
しまった、とっておけばよかった、と。いつでも作りますから。そんな私の言葉に返ってきた嬉しそうな笑顔に――比喩ではなく、射止められた。
「クリスマスなんて、今まではどうでもよかった」
しばらく座ったまま、寒さを感じてきたところで先輩は口を開いた。
どこを見ているともとれない細められた目。こういう時は何も言わないで、私はここにいますよって、少しだけ距離を縮めて耳を傾ければいい。
私もそうしてもらった。
「むしろつらいことの方が多かった。街はにぎわっても、俺にサンタさんは来ないからな」
それは私にも言えることだった。けれど今は過去を共有できる相手がいる。私も先輩も、それをわかっていた。
「美紀には、来てたよ」
こわばった口元が、やさしく緩められる。妹のことを話すときの先輩は、私に向けるやさしさとは違う笑顔を見せてくれる。
それが私には嬉しかったし、愛おしかった。
「俺には・・・、今年、初めて来た」
膝の上で冷え切った私の手に、先輩の大きな手がそっと重ねられる。体温を感じる前に、そのまま指を絡められた。
その言葉に――ぬくもりに、どうしても顔を上げられない。こうして繋がった手を凝視することしかできない。
もったいない。もっと近くで顔を見て、目で訴えて、伝えたい。
その代わりに、つないだ手を強く握り返した。これが私の精いっぱいだった。
「もう、遅い時間だな」
あれからいくらか時間が経った。つないだ手を離すことは、しなかった。
それでも少しだけ空いた二人の距離。もどかしいような、心地いいような。
「馨」
きれいな横顔は思い出したように私の方を向いた。呼ばれる名前が耳に嬉しい。
「おまえに渡したプレゼントな、蓋が開いて、中に物を入れられるんだ。アクセサリーを入れるんだと、店の人が言ってた」
つい想像してしまう。先輩はどんな顔して、どんな会話をしながらこのオルゴールを買ったんだろう。
「毎年、そこに入りそうなものを・・・贈るから」
ふと目が合う。何も言わずに5秒、10秒。それだけで、なんとなく伝わるのは恋人の特権だと思う。
嬉しければ笑う。けれどそれ以上に嬉しいと、どんな顔をしたらいいかわからない。今日一番、気持ちが高ぶった瞬間だった。
「そ、そんな顔するな・・・」
困ったように笑われる。自分でも気づかない間に、目じりは少しだけ濡れていた。
「先輩」と呼ぶと、たいてい「なんだ」と返ってくる。今日の「なんだ」はいつもよりずいぶんやさしかった。
「もっと寄ってもいい?」
そう言いながら自分から距離を縮められたらどんなにいいか。言い逃げて、来てくれるのを待つ。今はこれでもいいよね。
「なんだ、寒いのか?」
ぐっと肩を引き寄せられて、二人の間の隙間はなくなった。軽い衝撃とともに、先輩は私の耳元に唇を押し付けた。
冷たいようなあたたかいような、どちらともわからない軽い呼吸に胸が熱くなる。香水とは違う、甘いにおいもした。
どうして不意打ちでこんなことができるんだろう。心臓が止まりそうだ。
「耳、冷たいな・・・」
耳にぴとりとくっついた唇の動きと、低くて甘い声が直接体に響いて、冷たいはずの耳が沸点に達した感覚に陥る。どんどん、どんどん追い打ちをかけられる。
そっと顔を離されて、視線を絡め取られる。気づかないうちに、大きな手はするりと頬に添えられた。
真剣なその表情は、めまいがするほどきれいだった。ずるいと思う。そういう武器。
「俺の部屋・・・来るか?」
まばたきさえもできなくて、小さく頷いた。すると至近距離で、反則のやさしい笑顔。その笑顔をもう、私以外の誰にも向けないでほしい。
強く強く、そう思った。
メリークリスマス。嬉しそうにささやかれたその言葉が、ポロニアンモールに流れるクリスマスソングと共にいつまでも耳に残っていた。
2011/12/25 Merry Christmas!