おねがい


黒沢さんに呼ばれるなんて珍しいことだった。
指定された時間ぴったりに、ポロニアンモールの交番に出向いた。
「おう、来たか」
相変わらずの強面で出迎えられる。俺以外に利用者はいなく、二人きりだった。交番本来の姿はこうあるべきだ。利用者は少ない方がいい。 どうしたんですかと問う前に、目の前にある袋を差し出される。それと同時に鋭いまなざしを向けられた。
「新しい装備が手に入った」
その言葉に、当然の疑問を返した。
「・・・買付はうちのリーダーの役目ですが」
「君に直接渡したかった」
どういうことだろう。彼女に知られたらまずいことでもあるのだろうか。了解を得てから袋を開ける。
「!!、ここここれは」
俺の反応を、黒沢さんは予想通りだとでも言いたげに小さく笑った。
「極秘ルートから入手した。好きに使え」
「いやしかし・・・これは、俺には」
中身のあまりの衝撃に、全力で拒否の姿勢を示すと黒沢さんは眉をしかめて、
「誰がおまえに着ろといった。先月のサンタ服ではおまえに不憫な思いをさせたからな。お詫びだ」
「黒沢さん」
「ソレはサンタ服以上に男のロマンがつまっている。そうだろう、真田!」
これまで見たこともないほどのいい笑顔とまっすぐ立てられた親指。
俺は立場を忘れて「グッジョブ!」と返したくなった。

・・・

袋の中の「コレ」は、本来はタルタロスでも使える装備なのだろう。
だが俺が思うに、メイド服やピンクビキニ以上に刺激が強すぎる。そんな格好の馨を、俺以外の男――シンジや順平や天田には絶対に見せたくない。
今までさんざん妥協して許してきたが、今回ばかりは許容範囲を大きく超えている。
夜更けに馨をそっと部屋に呼んで、目の前に座らせる。律儀に正座をして俺の言葉を待っている。だめだ、相変わらずかわいい。 こうして向かい合っているだけでも触れたくなるのに、今からの展開を思うと逆に逃げ出したくなる。

「馨」
「はい!」
「一生の頼みがある」
「えっ!?」
至って真面目にそう言う俺に、馨は姿勢を崩して素っ頓狂な声を上げた。確かに「一生のお願い」なんて言われたら誰でもびっくりする。 相手が俺であることも要因の一つかもしれない。一方的に拒絶されることを予想していたから、こういう言い回しにした。危険な賭けのリスク軽減は必須事項だ。
「これを着てくれ」
脇に置いた袋から、がさがさと取り出したのはナース服。紛れもなく、ナース服だ。 馨は足を崩した姿勢のまま、それを見るとのぞきこむでもなく後ろに引くわけでもなく、硬直した。赤い瞳だけが大きく見開かれてそれを凝視している。俺は淡々と話を進める。
「白とピンクがあるから、好きな方を」
「え・・・・っと」
馨は俺の差し出したものには手を触れず、恐る恐る俺の顔を見上げた。それを振り切るように力説する。
「何も言うな!おまえの言いたいことはわかる。わかるが俺にやましい気持ちは微塵もない!」
熱意を表すように拳を握りしめる。そんな俺を、馨は珍しく冷やかに流した。心なしか鼻で笑われた気がする。
「そんな顔で言われても説得力ないですよ」
「!!」
「わかりました。じゃあ、白で」
明らかにショックを受けた俺の顔を見て、馨はあきらめたように小さく笑うと、白い方の服を手にとった。 それにしても、案外あっさりと承諾してくれた。一発殴られるか思いっきり後ずさられるか、どちらかを覚悟していたんだが。
馨も実は着てみたかったのだろうか。ああ、うん、きっとそうだ、そうに違いない。似合うことは決定事項だが、想像と実物は違う。 俺の乏しい想像なんかよりも、実物の方が100万倍かわいい。絶対そうだ。はやる気持ちを何とか抑えた。

「よかった。やっぱりおまえは清潔な白の方が似合う」
さらりとそう言うと、馨は居心地が悪そうに、少し照れたように手にした服を胸に抱いた。
「あ、あの」
「ん」
「着替えるから出てもらえます?」
「なぜだ」
「えっ」
俺にとっては当然の疑問なのに、馨は信じられないという顔をした。
「ああ、」
一つの可能性というか、自分の希望を口にしてみる。
「脱がせてほしいのか」
「!!」
「しかし・・・そうしたいのはやまやまなんだが、ナース服を装備する前に下着姿の時点で俺の我慢がきかなくなる恐れが極めて高」
「ちちちちが、違います!」
何やら慌てる馨を尻目に、俺は顎に手を当てて真剣に考える。どちらも捨てがたいのだ。
「いや待てよ、完成形をいきなり視界に入れるというのもそれはそれでいいな・・・」
「どっちでもいいから早くしてください!」

・・・。怒られた。

・・・

逃げるか。覆い隠すか。要は男の目に触れてはいけない。そう思った。あれは凶器だ。人類の最終兵器だ。
「これって絶対本職用じゃないですよね・・・」
そうつぶやきながら、怪訝な顔で短いスカートを必死に伸ばそうとしている馨がいじらしい。
確かに100%趣味装備だ。俗にいうコスプレ用。だがなかなかよくできていて、安っぽさは感じられない。 真っ白な生地がきれいな肌を惹きたてて、赤い瞳がこの上なく美しく映える気がする。 露出は過度ではなく、極端にスカートが短い程度だ。だがそれが逆にいい。しっかり上まで止められた胸元を暴く楽しみがある。
・・・いや、脱がす前提で話を進めてはいけない。別にやましい気持ちなんて微塵もない。ただの観賞用だ。そうやって自分に言い聞かせて何回目だろう。
馨は慣れない格好に肩をすくめたまま、「先輩」と俺に声をかける。
「・・・なんだ」
「着てどうするんです?」
「どうするって・・・」
確かにそれは当たり前の疑問。目的がなければならない。
しかし素直に言えるか?最終的には「そういう格好の恋人とセックスがしたい」なんて、言えなくはないがさすがに躊躇するものがある。 一瞬考えて、「とりあえず、見たかった」と言い逃れる。馨はいぶかしげな顔をして、ほんの少し、俺に顔を近づけた。
「それだけ?」
「・・・それだけ・・・、でもない」
誘導尋問。頭の中にそんな単語がよぎった。基本的に俺は嘘がつけないし嫌いだから聞かれたら答えざるを得ない。
馨はいつからこんな卑怯な手を使うようになった?俺のせいか?
流されるわけにはいかない。変な意地を張り、気を取り直した。
「・・・写真を撮りたい」
「えっ」
「一瞬で終わるにはあまりにも惜しい」
「・・・いやです。絶対いやです」
「ならどこまでならいいんだ?」
腰を上げて立ち上がり、馨に一歩詰め寄る。すでに立ち上がっていた馨は肩を縮こまらせて一歩引いた。 狭い部屋の中で、そうして逃げ場がなくなるまであと三歩もないというのに。追い詰めることに言いようのない快感を覚えてしまうのは、やっぱり悪趣味だろうか。

「・・・触るだけなら」
言うのだけで精いっぱい、といわんばかりに馨は小さくうつむいた。恥ずかしそうにそむけられた顔を見ているだけでどうにかなってしまいそうになる。 触れられるギリギリの距離まで近づいて、できるだけのやさしさを保ってそっと肩に触れると、丸みを帯びた肩は小さく震えた。 そうやっておびえて見せるのはわざとか本音か。どちらにしろそそられる。馨は本当に、俺を誘うのが上手い。無自覚でも確信犯でもどっちでもいい。
「触るって、どこまで触っていいんだ?」
返事を待たずに片手をするりと細い腰に回す。そうして引き寄せて、白い首筋に顔を寄せた。本当ならすぐ横のベッドに放り出して覆いかぶさりたい。
「・・・ッ」
華奢な体はさっきよりも大きく、びくんと震える。その刺激に、馨の声にならない声が漏れているのがすぐ近くで感じられる。 だんだん平常心を失っていく息遣いをこうして間近で感じられるのは、たまらなく満足だった。 まだ、軽く抱きしめただけだ。それなのに、お互いの鼓動はずいぶん高鳴っている。
するすると手触りのいい生地を手のひらで確かめるように一通り撫でて、その手を太ももの方に移動させる。 普段は履かないストッキングの感触は不思議だった。生足のままでもよかったが、これはこれで、やはりいい。 足を撫でる手をわざとらしく止めて、馨の耳元でこうささやく。
「ここは?」
その言葉に、彼女の頬が紅潮するのが手に取るようにわかった。まったく楽しい。こういう反応が。
「だ・・・だめ」
「そうか。なら仕方ない」
そう言った自分の声はひどく満足げだった。すべて思い通りに事が運んでいることを実感するような。 足の付け根に伸ばしていた手を、再び腰に戻す。すると馨は予想通りの反応を示す。 俺の腕の中でぱっと顔を上げて、なにかを言いたげに、しかし言いよどむ。その顔はやっぱり真っ赤だ。
「・・・ひどい」
迷った挙句に馨はぽつりとそうつぶやく。いつもよりずいぶん声色が違うことに、馨自身は気づいているのだろうか。 すかさず赤い瞳は俺を見上げて、続けて「ずるい」とも言った。
そろそろ。ここまで来たらそろそろいいだろうか。はやる気持ちとほんのわずかな自制心が入り混じる。複雑な心境は馨に触れる指先に表れていた。 彼女の首元の、一番上のボタンに手を触れたときだった。

>「緊急招集だ!全員作戦室に集まれ」

寮の各部屋には作戦室から通じるスピーカーが備え付けられている。 そこから聞こえてきた美鶴の声。手は止まり、顔はこわばり、一か所に集中していた血液は通常通り全身に循環し始めた。
「・・・・・・」
「あ・・・あの」
硬直した俺の腕の中で、馨はどうしていいかわからないように視線を泳がせる。 夢中でまったく気づかなかったが、時刻は0時を過ぎていた。つまり影時間。独特の空気の中、美鶴の声が再び部屋に響いた。

>「イレギュラーだ!すぐ出撃するぞ」

・・・

「さ・・・真田先輩すごい!絶好調です。敵かなり弱ってきました」
「気合が入ってるな明彦のやつ」
「気合が入ってるというか・・・俺にはヤケクソで泣きそうに見えるんスけど」

当然だがあの格好のまま戦闘させるわけにはいかない。
馨はいつもの制服姿で、どこかぎこちなくフォローに徹していた。

日を改めて、もう一度着てくれなんて言えない。
あの装備は一度も使われないままお蔵入りとなった。


2012/01/13
女主ちゃんがコスプレをすると真田先輩の萌えゲージがMAXになるそうです。