えてふえて
「去年だって、本当はおまえが一番かわいいと思ってた」
1年ぶりとなる神社でのお祭り。人ごみの中、手を繋いだままそんなことを言われる身にもなってほしい。一気に顔が熱くなる。
去年――すなわち分寮にいて、まだ私と先輩が付き合う前の頃。今日と同じようにお祭りがあった。
女の子たちだけで行動したものの、ところどころでいろんな男の人に助けてもらったりした、そんな日だった。
景品をおまけしてもらったり、動きにくい浴衣だからと真田先輩を含む男性陣が買い出しに行ってくれたり。
ゆかりたちと出した結論は「男女の違いを楽しめばいいよね」。あれからもう1年になるなんて、なんだか信じられない。
今年の浴衣は自分で調達した。一緒に選んでくれたゆかりは来てるかどうかわからない。
一緒に行こうよと言う前に、「先輩によろしくね」と肩をたたかれたものだから、何も言えなかった。私はゆかりのそういうところが好き。
先輩はさっきの言葉に付け足すように、
「今年のも、もちろんかわいい」
ためらいもなくそう言われて、照れるよりも嬉しくなった。去年着た浴衣と違うことに気付いてくれた。それが何よりも、嬉しかった。
・・・
蒸し暑いがどこか小ざっぱりとした独特の空気。いわば祭りの空気。それを感じながらしばらく歩いたところで、馨の歩くペースがだんだん落ちていることに気が付いた。
本当はもっと早く気づかなければいけなかったのかもしれない。悔い改める前に足を止めた。
「どうした?」
そう聞くと、馨は照れ臭そうに小さく笑った。笑ってごまかすなと言いたくなる笑い方だ。
問い詰めるような視線を送ると、馨は観念したように、痺れを切らしたように俺の腕にガシッとしがみついた。
俺に体重を預けて、片足を小さく上げている。そこまで見ればさすがに男の俺でもわかる。
「やっぱり今年も痛くなりました」
花模様をあしらった下駄の鼻緒付近には血がにじんでいる。どうしてそうなるまで我慢するんだ。
馨を片腕で支えながら、左右の露店の奥を見渡す。端の方にはベンチがあったはずだ。とりあえずそこで休憩することにした。
二人並んで座ったはいいものの、何をどうすればいいのかわからない。
絆創膏なんて持っていないし、冷やすにしても露店のかき氷くらいしかない。こういう場合の対処の仕方なんて知るはずもなかった。
ぐるぐる頭を働かせている俺の隣で、馨は至って普段通りだ。浅く腰掛け、負傷した足先をぶらぶらと宙に浮かせて、視線は賑やかな人ごみを追っている。
突然くすりと小さく笑ったかと思うと、「去年はね」と思い出すように話し始めた。
「去年はね、鼻緒がきついからって緩めようとしたら、アイギスが壊しちゃったの」
さすがは機械の乙女の馬鹿力。それは結構な非常事態だと思うのだが、馨の口調は楽しげだ。俺は黙って耳を澄ます。
「そしたら、コロちゃんを探してた荒垣先輩に会って、自分のハンカチで直してくれたの。私の下駄」
言われてみれば、美鶴からそんな話を聞いたような気がしていた。その時はただ感心したが、今思うと少し複雑な気持ちになる。
よりによってシンジにやきもちを妬くなんて、俺もまだまだだ。
「俺はそういう器用なことはできないな」
そう言いながら腰を上げる。
人には得意不得意がある。シンジの不得意なことは俺が得意だったりする。美鶴にはそれがまるで兄弟のようだとよく言われていた。
「そろそろ帰るか」
馨は「はい」と返事をして、下駄をはき直して立ち上がる。俺はそのまま馨の体を抱き上げた。
浴衣の構造からして、後ろにおぶさることはできない。なら脇と足を抱える、定番のこのスタイルしかないだろう。
当たり前だが、驚かれる。俺は馨の驚いた顔が意外と好きだ。
「えっ!?」
「俺にできるのはこれくらいだ」
「まさかこのまま、」
「帰ろう」
続きをはっきりと告げると、馨はさらに目を見開いた。さすがに動きにくいのか、暴れる手足によるダメージはいつもより少ない。
そのまま着崩れてもいいのだが、それは部屋の中でが望ましい。
「ありえない!目立ちます!」
「裏から出れば平気だ。もう暗いし」
「でも、」
「俺の腕なら心配ない。あ、それともまだ食べたりないのか」
俺の指摘に馨は真顔で考える。やっとおとなしくなった。
「お好み焼きもたこ焼きもやきそばもリンゴ飴もチョコバナナもクレープも食べたし」
こうしてカウントしてみると、結構な量だ。そのほとんどを分け合って食べたのだが。
「つまり?」
「・・・心残りはありません」
「よし」
帰ろう。
再びそう言って、きらびやかな光に包まれている境内を、そっと後にした。
裏手の出口には誰もいない。帰り道も、裏道を通ればいい。
たかだが10分程度なら、あの頃より少しだけ重くなった馨を抱き上げているくらい平気だろう。
タルタロスの非常識な運動量は、相当な減量効果があったということがこれで証明された。
神社からだいぶ離れたところで、馨は俺の腕の中で大げさな声を上げた。
「あ〜!!」
「なっ、なんだ!?」
「じゃがばた食べてない・・・!!」
本気で泣きそうになっている馨を見て、吹き出しそうになるのを必死にこらえる。
それくらい部屋のキッチンでできるじゃないか。
来年もまた、同じように来て同じように帰ろう。
2012/01/14
ドラマCDペルソナ3ポータブルvol.1ネタ。女主ちゃんの声がツボりすぎてちょっとやばいです。
タイトルは「得手不得手」。漢字だとあんまりかわいくないのでひらがな。