男の戦い
それはいつもと変わらない探索のはずだった。
「おい、有里」
「なんですか?真田先輩」
リーダーである馨の後をついていく二人が足を止めた。それに気づいて馨も後ろを振り返る。
最後尾にいた順平は、急停止した真田の背中にぶつかった。
小言を言っても返事はかえってこない。そう、なにやら不穏な雰囲気だった。
「俺と勝負しろ」
その言葉は視線と位置的に有里に向けて放ったのだろう。
馨と順平は同時に有里を見る。当の本人は、「はて」と首をかしげた。
「いいですよ。じゃあ負けた方がはがくれおごりで。で、競うのはクリティカルの数ですか?それとも討伐数?」
「違う。俺とペルソナで勝負しろ」
どうやら真剣らしい。というか真田はこういう冗談は言わない。
誰も見たことはないが、おそらくリングの上の、ボクサーとしての真田もこんな感じなのだろう。
さすがの有里も目も見開いた。馨と順平はそれ以上に動揺する。
「ちょ、ちょ、それって仲間割れっすよ!」
「真田先輩!なに血迷ってるんですか!」
しかしこうなっては誰の言うことも聞かない。おそらくあの荒垣先輩でさえ止められない。
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃないから言ってるんすよ」
「山岸は丸め込んでおいた。美鶴たちにはばれないさ」
けろりとした顔でそう言う真田。
確かにタルタロス内とエントランスを繋ぐ手段は唯一風花のペルソナだけだ。それを絶ってしまえば何をしてもばれることはない。
順平はすかさず通信機に向かって怒鳴り上げた。
「おま、風花!なに真田先輩の味方してんだよ!」
するとノイズがかった風花の声。このノイズは風花の精神状態とリンクしているのだろうか。
>「ご、ごめんなさい!私、あんな弱み握られたら言いなりになるしかなくて・・・ッ」
「どんなだよ!?」
順平の必死のツッコミはこれまでで一番力が入っていた。しかしリーダーである馨にはそんなことどうでもいい。
いかにこの状況を打開するか。二人の性格上手加減なしで戦うだろう。それこそ命にかかわるような。
なにがどうなってそうなるのかはまったくもってわからなかったが、とにかく止めなければならない。
馨は珍しく本気で怒鳴った。
「先輩!いい加減にしてください!」
リーダー、そして恋人である自分がこう言えば、さすがに冷静になってくれるだろう。そう思っていた。しかし。
「止めるな。おまえのためだ」
「・・・は!?」
「俺は幾度となく有里と張り合ってきた・・・お互いの彼女も含めて」
それは確かに。彼氏自慢に彼女自慢、ダブルデートもたくさんしてきた。そうして4人でいるたびに、二人はなにかと張り合った。
しかしどうしても勝てない。真田は有里に勝てない。主人公ステータスにおいてもペルソナのワイルド能力にしても、正直足元にも及ばない。
勝負にこだわる男としてそれは最もひどい屈辱だった。
「えぇ〜・・・」
その心境を簡潔に聞かされ本気で思った。男ってわかんない。
女性陣としては、なかなか楽しいひと時だったのだが、男にとってはそうでもなかったらしい。本気でやっていたらしい。
信じられない。ゆかり、助けてゆかり!あーもうなんで今日の探索メンバー順平入れたんだろ。ゆかりにすればよかった。
「馨ッチ、心の声漏れてますから」
順平が切なげに後ろから声をかけてくる。しかし今はそんな場合じゃない。
悩んでいる間に、フロアのど真ん中で二人は戦闘態勢に入った。
「あーもうなんでこうなるかな」
順平は頭を抱えながらそう言うも、馨の後ろにいる。とばっちりは食いたくない。
「負けを認めるなら今のうちだ!有里」
「先輩の方こそ、カエサル1体で俺に勝とうなんて無謀ですよ」
お互いにらみ合い、その間合いは狭くも広くもない。片手には召喚器のスタンバイ。
有里には戦う理由なんてどうでもよかった。売られたケンカは買うまで。それが彼のスタイルだった。それが仲間であろうとも。
風花がアナライズを始めた。
>「・・・公平を期すため実況という形にさせていただきます・・・」
戦いの火ぶたは切って落とされた。
「行くぞ!有里!――カエサル!」
「えっいきなりタルンダ!?」
場外から順平のするどいツッコミ。それに風花が続く。
「戦略を重視する真田先輩の戦闘スタイルの特徴だと思われます」
攻撃力の落ちた有里は、フンと鼻で笑って召喚器をこめかみに当てた。
「先輩、するなら防御でしょ。アリラト!」
「一発目からニブルヘイムなんて有里くん鬼畜です」
「アリラトとアリサトって名前似てるからじゃねえか!?なあリーダー」
「順平落ち着いて」
いきなり弱点属性の最強魔法を食らった真田の出ばなはくじかれる。しかしタルンダのおかげで即死は免れた。
「おのれ有里、おまえには情けがないのか」
「これっぽっちも」(さらり)
「フッ、それでこそ俺が認めた男だ!」
「認めないから勝負してんじゃないスか!?」
「順平ー、キレのいいツッコミはいいから一緒に止めるの手伝ってよー!」
そして・・・
「真田先輩、ゴキブリ並みのしぶとさですね・・・俺の所持ペルソナ、1体残して全滅されるなんて」
「ペルソナ数が多いからと油断してるからだ。俺はカエサル一体でここまで残ってきたんだ」
「なるほど、一理ありますね」
二人はすでにぼろぼろ、影時間は終了寸前。馨と順平はどうにもできないでいた。
「なあリーダー」
「なによ」
「おまえから見てどうだ」
「次で最後ね」
「やっぱりか。てかそのマンガみたいな台詞俺が言ってみたかった」
お互い余力はない。真田は召喚器を捨てて左拳を握りしめた。まさかのまさか。
有里は、召喚していたシヴァごと見事に吹っ飛ばされた。
すかさず風花のアナライズもとい実況が入る。
>「有里くん・・・戦闘不能!真田先輩の勝ちです」
「はあ・・・・はあ、やったぞ」
直線上に倒れこむ男二人。相打ちとは定番すぎる。しかし有里はゆっくり起き上がった。
「そんなバカな・・・ワイルドの俺が負けるなんて」
髪の毛に隠れた右目は信じられないという風に見開かれている。彼の主人公としてのプライドは崩れ落ちた。
外野だった順平は馨に耳打ちした。
「馨ッチ、出番だぜ」
「・・・」
「先輩をねぎらってこい」
やりこまれた感はあるが、自分の恋人が瀕死の重傷なのは確かだ。頭を切り替えて彼の元へ走った。
「先輩」
「馨・・・俺は勝ったぞ」
「ぼろぼろじゃないですか」
「勝利は勝利だ。うっ」
「せ、先輩!死んじゃだめです」
どうにもわざとらしい苦しみ方にどう反応していいかわからないでいると、風花の焦った声が聞こえた。
>「みなさんもう時間がありません!すいません強制帰還させていただきます」
ユノのエスケープロードに包まれたかと思うと、気づいたら美鶴たちのいるエントランスだった。
「・・・明彦、有里も」
「わっ、ちょっとどうしたのよ!?」
尋常ではない負傷の仕方に結局すべてバレて美鶴に怒られた。
罰として二人には1週間のタルタロス探索禁止令が出された。
結果はどうあれ本気でぶつかって一件落着というお話。