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ロビンソン 04


まるで恋人のように腕を組んで、結姉ちゃんは父さんとくっついて歩きたがった。その反対側に母さんがいる。
まったく結姉ちゃんのファザコンぶりには辟易する。別に被害は被っていないが限度がある。父さんも少しは嫌がればいいのに無反応。年頃の自分の娘にあんな風にくっつかれて、いったいどんな気持ちなんだろうか。僕にはまったく想像つかない。

母さんは母さんで、口や態度には出さないが父さんのことが大好きだ。証拠に二人ともいまだに「ラブラブ」だ。ああ嫌だ、こんな死語を口にするの。でもその表現が一番しっくりくる。 年甲斐もなくべたべたするとかそういうのじゃなくて、ほほえましい感じだ。隣にいることが様になってる。きっと定年になってもあのままじゃないだろうか。
少なくとも「あの」父さんに浮気とかありえない。こうして15年間見てきてそれは断言できる。カタブツエリートのくせに妻馬鹿、親馬鹿ぶりは半端じゃない。

結姉ちゃんは僕が言うのもなんだけどけっこうかわいいし、母さんは美人だし、つまり父さんは両手に花なわけだ。 僕はその少し後ろで、そんな3人を見ているのが好きだった。

僕は父さんも母さんも姉ちゃんも好きだ。結姉ちゃんみたいに、必要以上に自分のことや学校のことを話したりはしないけど、あの家でみんなでいるのは居心地がいい。
確かにうちの大黒柱はかっこいいと思う。でも完璧じゃない。
ゴミ捨ての日に肝心のゴミを持っていくのを忘れていつも母さんに怒られているし、急いで食べてむせることが週に2回は必ずある。
僕と姉ちゃんが成長するにつれて増えていく、学校で賞をもらった作品とか(おもに姉ちゃんのだ)、僕がもらった大会のトロフィーとか(運動は得意だ)、 増え続ける写真とか幼稚園の頃の「パパの似顔絵」とか。さすがに多すぎるからいくつか処分しようとなったとき、父さんは本気で母さんを説得していた。
これ以上の家宝がどこにある、捨てるならこのソファや棚を捨てろ。 父さんがあまりにしつこいものだから、母さんはそれ専用の荷物部屋をこしらえた。それを見た父さんは、ずいぶん満足げだった。あんなに必死な父さんを、僕は今まで見たことがない。その姿は情けなくもかわいくもあった。しかしそれは完璧な人のすることじゃない。
どんなに優秀でも完璧なんてありえない。それは僕が親から教わったことの一つでもある。
悩んだときはよくそれを思い返していた。相談できる友達や先生がいないわけじゃない。けれどたいていはこの「真理」で乗り越えていた。

三者面談。前にも言ったが月光館学園は小中高とほぼエスカレーター式だし、本当は面談なんていらないのかもしれない。つまりは形だけ。
それを両親に言っても、聞き入れてもらえなかった。それがわかっていて、「馬鹿言うな。行くからな」と言われたかっただけなのかもしれない。

3年A組の教室の前で、廊下に簡易的に設置された椅子に座って順番を待つ。隣には父さんがいた。
正直学校行事に参加するのは父さんの方が多い。それがなぜなのか、僕にはわからなかった。
あれから2年経って、僕は身長もずいぶん伸びた。バスケ部の部長にもなって、日々は忙しかった。
それでもまだ父さんの身長には届かない。こうして並んで座っても、肩の位置は全然違う。
いつか追い越せるだろうか。身長だけでなく、いろいろだ。

教室のドアが開いて、中に入ることを促される。机が変則的な形に組み合わされていて、小田桐先生が待っていた。
2年になって担任が変わり、3年になって再び小田桐先生が担任になった。嬉しくも嫌でもなく、ただ不思議な感じがした。
「やあ」
その軽い挨拶が、僕に向けられたのか、それとも父か。
どちらにしろ重い空気を、僕は子供ながらに感じていたわけだ。母さん、貴女は昔も今も、罪な人だったんですね。

・・・

「護君の期末テストの結果です」
そう言って差し出されたのは僕の個人成績表。生徒に渡されるものとは違う。情報量は明らかに多く、教師の資料用だ。
それを見た父さんの反応を、ちらりと盗み見る。ああやっぱり、別段変わった反応は示さない。

「総合15位。少し実技が苦手のようです」
それは確かに。体育は5なのだが、音楽家庭科美術がまるでだめ。針に糸を通すだけで授業が終わるし楽器の区別はつかないし、絵を描けば前衛的な抽象画。
小学生の頃、父さんに似たからだと訴えたことが一度だけある。しかし父さんはそれを認めようとはしなかった。きっと今言っても同じだろう。
「しかし非常に優秀です。進学も問題ないでしょう」
「ええ」
父さんは当然のようにさらりと返した。聞くまでもないというように。
普通ならそんな無関心な反応に、子供は複雑な心境だろうが僕は逆に嬉しかった。
生意気だろうが僕は思う。父さんの子育ての仕方は僕にしっくりくる。

「さて、どうだろう護君。将来の夢などあったらこの場で僕とお父様に聞かせてほしい」
小田桐先生は机の上で両手の指を組んで、本題に入るように少し前のめりになった。
父さんも僕を見ている。二人の視線に少しのプレッシャーを感じながらも迷わずこう言った。
「進学はこのまま月高で問題ないです。そのままバスケも続けたい。勉強も続けて大学に入って、そのあとはわかりません」
模範的な解答。自分でそう思うのだが、一般的にはどうだろう。間違ってはいない。しかし嘘でもないし本音かどうかもわからない。要はわからない。
小田桐先生は「なるほど」と言って再び背筋をまっすぐ伸ばした。この人は意外と核心をついてくる。僕はそれを知っていた。

「ご両親と同じ職業に就きたいとは思わないか?君で言うなら、医者や看護師、警察官だ」
きっとこのセリフは教師の決まり文句なのだろう。小田桐先生の口調から、そんなことを思った。僕は少し考えて、口を開く。

「医療系は・・・まだわからない。実感ないから。でも僕は警察官にはなりません」
きっぱりとそう言うと、小田桐先生は意外そうな顔をした。いつも固く結ばれた口元は少し開いている。
父さんはやっぱり、表情を変えないまま僕を見ていた。

「僕と父さんは親子ですけど・・・違う人間ですから」

何が言いたかったのかは自分でもわからない。その気持ちの表れのように、口調には自信が失われていた。
それきり僕は口を開かなかった。話が進んで、僕は教室から出るように言われた。最後に教師と保護者の二人で話すのが形式らしい。
僕は言われた通り、静かに椅子を引いて教室を後にした。

・・・

「・・・ふぅ」

真田護が教室を出て、思わず漏れた小さな息。本日7人目となる面談の疲労の蓄積だけとは言い難い。
中学校の教室で、かつての恋敵・現生徒の父親と向かい合って二人きり。なんだか滑稽なシチュエーションだ。

僕は資料を閉じて、わざとらしくうなだれた。
「彼は本当に中学生ですか?」
その言葉に、真田は特に返事を返さず視線で答えた。まあそう来ると思った。
しかしタイミングをずらして、彼は言葉を発した。

「生意気なだけです」
それが先ほどの疑問に対する答えだと理解するのに少し時間がかかった。
口元は穏やかに緩められている。彼の息子に対する愛情を感じた。僕はすかさずこう言う。
「なるほど、あのころのあなたそっくりだ」
半分嫌味、半分本音。それが伝わったのか、彼は皮肉を抜きにした純粋な笑いを浮かべた。
2年前の殺伐とした空気は、感じられなかった。きっと真田護という一人の生徒、彼にとっては息子を違う視点から見続けることで、僕らのなにかは変わっていったんだろう。
それは友情と呼べるものかもしれない。それを感じても、言わないでおく。その気持ちは墓場まで持っていく。君はいいライバルで友達だったと。
関係の変化をひとまず仕舞い込んで、僕は本題に入った。僕は教師だ。

「あれはどういう意味でしょう」
「医者はいいかもしれない。でも警察官にはならない」
「そう。それです」
「そのままです」
「・・・意味がよく」

きっぱりと警察官にはならないと断言する彼なりの理由があるはずだ。
父親に対してコンプレックスでも抱いているのか。僕は思いを巡らせた。しかしそれは杞憂だった。
なぜなら真田護は――「あの」、真田明彦の息子だからだ。

「意味もそのままだ。俺と護は親子だが、違う人間だ」
彼の口調は素に戻っていた。何を根拠にしているのかは僕には知り得ないが、その自信満々の笑みにはるか昔を思い出した。
どうにもいけ好かなかった一つ上の先輩。全戦無敗のボクシング部主将。そんな彼の若かりし頃の姿が脳裏に浮かぶ。
僕は思わず苦笑した。まったくたいした親子だ。目には見えない絆は相当深いようだ。それがわかったなら、僕はもう、お役御免だ。

「なるほど。一番近くで父親の仕事を見ているから向いてないと断言できるんだな」
「そういうことだ。わかりやすいだろ?」
「まったくだ。本当に君に似ている」
ぎこちない笑いが教室の静けさを消していく。
そろそろ時間だ。僕はその場で立ち上がった。

「彼なら高等部に進んでも大丈夫でしょう。僕が保証します」
「俺も心配はしていない。まあでも時期的にそろそろ反抗期だ」
「大変ですね」
「結にはてこずった。まさか深夜徘徊で補導されるとはな」
「今は大学生でしょう」
「ああ。彼氏がいるくせに今でも俺と結婚すると言って聞かない」
「自慢ですね」
「ああ、自慢だ」
「いい歳したオジサンだと言うのに」
「それはおまえも」
「君はいくらも若く見える。うらやましい」
小さく笑って再び口調を切り替える。別に意味はないが、なんとなくだ。

「次会うのは卒業式だと思います」
「俺が行けたらの話だ」
「来るでしょう。あなたなら」
「まあな」

そんな会話を交わして、教室を出ていく彼の背中を見送った。彼は最後に振り向いて、こう言った。
「卒業式には馨も連れてくる」
その言葉に、僕は素直に頷くことができた。
そして迎えた卒業式。もう本当に、彼らに会うことはないかもしれない。
式中の卒業生点呼で、担任として真田護の名前を呼んだとき、そう思った。

長い長い、そして短い、3年間だった。

Fin...


2012/01/14
書きたいものを書きました。満足。すごく、すごく楽しかった(笑) 流れ的にこれでプラス小田桐未来編は終わりです。最終的には友情が芽生えたっていう(笑)子どもたちはまた出てくるかも。 需要はないかもしれませんが、書きたいものを書く!もしこういう話が好きでいてくれる方がいたら嬉しいです。