03 桐条美鶴の一日
私の朝は早くもないし遅くもない。
明彦より遅くて伊織より早いと言えばしっくりくる。
ゆかりや伊織は「寝坊したー!」と慌てながらも、私から見れば楽しそうだ。
私も一度、「寝坊したー!」とラウンジを駆け抜けてみたいものだ。
レースをあしらったパジャマをきちんとたたみ、しわ一つない制服に腕を通す。
宗家にいたころの習慣は、裁量を任される寮の生活でもなかなか怠ることがない。
寝癖などもってのほか。ただ髪質が幸いして、寝癖に慌てることはあまりない。
そうして登校準備を済ませて部屋を出る。ラウンジに降りて紅茶を入れ、余裕があればパンを焼く。
料理などしないが、それくらいならできるのだ。
学校にはたいてい一人で行く。学校に近づくと、時々生徒から「おはようございます」と挨拶される。
同じように返すと、彼もしくは彼女たちは、何やら騒ぎながら私を追い抜かす。
私が会長になってからこういうことが起きるようになった。よくはわからないが、他人との接点を広げられるいい機会だと感謝した。
授業を受け、昼食をとる。生徒会活動が煩雑な時は生徒会室で食べ、それ以外は教室で食べた。
私には周りの女子のように、常に行動を共にする友人はいない。「親友」と呼べる存在はいなかった。
それでも最近は、ゆかりがよく教室まで来て誘ってくれることが多々あるし、以前はわからなかった世俗的な会話にも、入り込めるようになった。
「ふつう」とは何なのか。昨晩の音楽番組について騒ぎ立て笑いあったり、テストの結果を一喜一憂し合うのがふつうならば、私はふつうではないようだ。
桐条宗家の一人娘。そんな肩書きのある私はふつうではない。時々ふつうに生まれたかったと思うことがある。ほんの少しだ。
しかしお父様の顔を思い返すとそんな思いはすぐ消え去る。私は桐条の娘でよかった。そう誇れるのだ。
放課後の選択肢は3つだった。
フェンシング部で汗を流すか、生徒会長としての責を果たすか、図書室で勉学にいそしむか。
最近では一つ増えた。――「友人と遊ぶ」だ。
槇村とゆかりは私を未知の世界に連れて行ってくれるし、伊織はゲームセンターというところで華麗な技を披露してくれた。
私もできるだろうかと聞くと、伊織は「ゲームの出来る桐条先輩とか、俺超見たいッス」と笑顔で言った。
夕方から夜にかけてはラウンジでみんなの帰りを待つ。SEESの部長、寮長としての責務だと思っている。
しかし単純に、皆の顔を一番早く見たいからなのかもしれない。
手元に朝と違う紅茶を、片手に洋書を持っていると、槇村がやってきて、タルタロスに行くことの許可をもらいに来る。
判断はリーダーだが、槇村はいつも私に最終決定をゆだねる。それが私には少し嬉しかった。
タルタロス後は、皆が「おやすみなさい」と私に声をかける。
私は同じように返す。朝起きてから寝る直前まで、こんなにもたくさんの友人たちに囲まれて、私は実感する。
結局は私はここでの暮らしが好きなのだ。そうして私の一日は終わり、また朝がやってくる。