02 有里湊の一日


うっすら瞳を開けてまた閉じる。ああ、朝か。それだけを認識する。
二度目のアラーム。止める。また布団をかぶる。三度目。そして四度目がないことを知っているから、ゆっくり上体を起こす。
俺の朝はゆったり始まる。穏やかな晴れの日も不吉な曇りの日も、この世が終わりそうな暴風雨の日も。

時々隣の順平の部屋からガタンという物音や、うわっという叫び声が聞こえる。そういう順平の状態で、遅刻かそうじゃないかを見極めている。
無駄な動きは嫌いだ。しかし急ぐ必要もない。というわけでマイペースに制服に着替える。まだ頭は覚醒しきっていない。

鞄を脇に抱えてポケットに手を突っ込んで、部屋を出る。そうしたころにやっと一日の始まりを実感する。時々真田先輩と廊下で会う。この人は朝っぱらからエンジン全開だ。順平と会った日には遅刻決定だ。
一人で行くし、皆で行くし、二人で行く。朝の登校はくるくると日替わり。飽きることがない。まぶしい朝日は嫌いじゃなかった。

俺の――有里湊の人生は充実していると思っている。少なくとも高校生というこの時期においては。
両親を失った。一時は感情も失った。しかも命の危険と隣り合わせの部活動にまで所属している。シャレじゃない。本当に死ぬ。

悲惨だ。恋と部活と人間関係及び将来に悩む一般高校生からしたら俺は悲惨だ。
両親がいないというだけで他人からは違う目で見られる。そういうのが嫌いだった。
しかしここに来てからはそれがない。不幸自慢をしてつまらない感傷に浸りたい奴なんていなかった。
真田先輩も荒垣先輩も俺よりよっぽど難のある境遇なのに、あの快活さ。俺の居場所はここだと思った。
傷の舐め合いとは違う。みんな同じくらい弱くて強かった。どんなに強がっても一人じゃ生きられないんだと教えてくれた場でもある。

一定のペースを保って歩いていると、校門付近で誰かしらに呼び止められる。今日は友近だ。
「なあ聞いてくれる?聞いてくれるよな、有里サンキュー」
ペースは乱さない。友近が俺のペースに合わせてくる。ああ、今日も「エミリ」の話か。
俺は結構真剣に聞いている。だってこいつはマジだからだ。その真剣さが顔に出ないというだけなのだ。

授業は寝たり寝なかったり。寝ると言っても豪快には寝ない。頬杖をついてさも「聞いてます」感を出す。
髪型のおかげで伏せた瞳は気づかれない。順平はそんな俺を「うらやましい」と、そうでもないような顔で言ってきた。
集中力が切れるとゆかりに目を向ける。ゆかりは俺の彼女だ。じっと見つめるとそれに気づいて、焦ったように「前を向け」と仕草で諭される。
言うとおりに前を向く。10分たったらまた顔を向ける。同じことを繰り返した。

昼休み、テストの結果が廊下にはり出された。みんな一斉に教室から出るが、俺は一人購買に向かった。
結果はどうせ変わらない。俺は万年2位だからだ。トップは必ず我らがリーダー、槇村馨だ。俺はいつも10点差。狙ってるわけではないがいつもそうなる。
悔しいとかもう少しとかいう気持ちはない。真田先輩からしたら信じられないだろうが、「勝ちたい」なんてこれっぽっちも思わない。勉強の良し悪しは俺にはどうでもよかった。

逆に言えば、俺が勝ちたいのは人からしたらどうでもいいことだ。
ゆかりと一秒でも長くいるのは俺が一番でありたいし、購買で毎回全種コンプは誰にも譲れない。そんなことするのは俺だけか。

気が付けば、俺は一人でいるよりも誰かといる時間の方が長かった。意識して輪を広げようと思っているわけでもない。
しかし楽しい。顔には出さないが、人とかかわりを持つというのは楽しいのだ。
ふとさみしくなる時がある。どんなに深く誰かと関わっても、いずれはいなくなってしまう。両親のように。
そんな時ゆかりが彼女になった。ゆかりだけはずっとそばにいてほしかった。特別。ゆかりは特別だった。

どうでもいいとめんどくさいは違う。どうでもいいというのは「どうにでもなる」ということだ。
だから俺の口癖は「どうでもいい」。実にポジティブだと思わないか?

放課後の選択肢は無限にあると言っても過言ではない。生徒会部活遊び買い物ゲーセンバイト映画神社本の虫エトセトラ。
さて今日はどうしよう。校門の前で止まって携帯電話を開く。もちろん片手はポケットだ。
メールがいくつか着信していた。小田桐に美鶴先輩に、写真部か。こういう時思うのだ。身体がいくつか欲しいと。

充実した放課後を終えて、寮に戻る。たいていみんな帰っていて、俺は横目でそれを確認して部屋に上がる。鞄を置く。再びラウンジに降りる。
そして何食わぬ顔をして、皆のところに混ざればいい。

タルタロスに行ったり行かなかったり、本気で死にそうになったり肩慣らしに行ったり。
そうして朝と変わらないペースで歩いて部屋まで戻って制服を脱ぐ。日によってアイロンまでかけたり床に脱ぎっぱなしだったり。
どちらにしろさっさと布団をかぶるとすぐに夢の中。今日はアイツが――ファルロスが遊びに来る気がする。

こう思わないか?俺って、日本一充実してる高校生だって。

2012/01/21
湊は自分を客観的に見れる人だと思います。