リズム


ほとんどの生徒が嫌う、恐るべき行事、マラソン大会。
二人にとっては、例外だった。

「くぁ〜っ、さみぃー!!!」

11月下旬。月高恒例のマラソン大会が今年もやってきた。
ゆかり、順平、そして馨は開始前のグラウンドで、他の生徒と同じように開始を待っていた。
空は雲がかかっていて昼というのに薄暗い。

「やっぱどこの学校もマラソンて冬だよね」
「そっか、馨はウチのマラソン大会初めてだよね」
「うん・・・びっくりした」
「だ、だよね・・・」

月高マラソン大会は、1,2,3年生――つまり、全校生徒が一気にスタートする。
かなりの生徒数なので、下手をすると駅伝のような光景になる。
だがマラソン大会の日には、病欠者が平時の5割増しになるのはザラなので、大渋滞という混乱は毎年免れている。
実質走るのは300人弱。今3人がいる地点からは、生徒が多すぎてスタートラインすら見えない。

「あーあー、オレも友近みたいに休めばよかった」
「なにいってんのよー、これくらい走らないとタルタロスすぐばてちゃうよ?」
「そりゃー二人は運動部だからいいよ。オレっち何部か知ってる?帰宅部よ帰宅部!
っつてもまぁ、それなりのタイムで完走してみせんぜ」
「どっからその自信が出てくんのよ」

「そーいや風花は?いないじゃん」
「少しでもタイム縮めるためにスタートライン先頭にいるよ」
「マジか」

ふと、周囲がざわめいた。
「ん?なんだなんだ」
「・・・あ、美鶴先輩」
生徒会長である美鶴は、先頭の方で開始の挨拶をしているようだ。
スピーカーから美鶴の声が響く。人だかりの中、ギリギリ美鶴の顔が確認できた。
「生徒会長って大変だよなー。こんなときまでしゃべらされるんだぜ?」
「あ、はじまったみたい。馨、いっしょにはしろ」
「え、オレはー?!」
「ついてこれたらねー」

3km地点。
ゆかりはもともと風邪気味だった。やめておいたら?とそれとなく諭したつもりだったのだけど。
「・・・馨、ゴメン先行ってて!」
「大丈夫?」
「体調不良甘く見てた。ちょっと歩くね」
無理をするなとゆかりに念を押して、先へ進むことにした。テニス部での活動と、真田との走り込みのおかげでいいペースだ。
どうやら先頭集団に追いついたようだ。すると、見慣れた顔が――

「槇村じゃないか。なかなか早いな」
「美鶴先輩!」
ジャージ姿の美鶴、というのはどうも違和感がある。見慣れないせいだろうか。 そして、その隣には。
「私たちもうかうかしていられないな。いつ抜かされるかわからない。なあ明彦」
「ぬかせ」
やはり、真田の姿があった。

しばらく、3人で走った。時々会話を挟みつつ――
「あと2キロくらいか」
「そうですね」
「スピードを上げるか。美鶴、行くか?」
「・・・先に行ってろ。私は最後まで温存しておく」
結局、真田と2人、並んで走ることになった。トップとは数メートルの距離。
「こういうのも悪くないな」
「え?」
「おまえと堂々と二人になれるじゃないか」
なぜか誇らしげな笑顔だ。なんというか、油断も隙もあったもんじゃない。
「・・・!こ、この状況でよくそんなこと言えますね」
「なんだ、もうばてたか」
「そういう先輩こそ息上がってますよ」
「・・・マラソンは俺の専門外だからな。さすがに先頭の陸上部には勝てそうにない」

コースには、ところどころ見物の生徒がいる。彼らは今日だけ「熱がある」ために走っていない。
こうして男女が二人並んで走っていても、お互いが順位をかけて激しい攻防をしているようにしか見えないだろう。
それが真田の考えだった。

「おまえも、朝の走り込みの大切さがわかっただろう?」
「・・・はい」
「ボクシングは自分一人しか頼りにならないが・・・こうやって他人のリズムに合わせることも楽しいんだな」
「え?」
「ほら、いくぞ」

一方、ゴール付近の見学者待機所・・・。
結局リタイアしたゆかり、そして風花。
「・・・ったくあの二人、こんなところでイチャつくなっての」
「・・・;」
同時にゴールした真田と馨。なにやら騒がしい。
「・・・ふっ。勝ったな」
「ど、どこがですか!同時だったじゃないですか」
「俺の方が先にゴールラインを踏んでいたぞ」

おそらく誰から見ても、仲睦まじいカップルにしか見えなかった。
まあたしかに。たまにはこういうのもいいかもしれない。

2011/08/15
どうしても美鶴先輩のジャージ姿が想像できない。