君に二度目の恋をした日


夫婦なんてものに夢もロマンも感じない、むしろ嫌っていたこの私が、
ウェディングプランナーになったのは、過去を乗り越えるためだったのかもしれない。

馨が結婚すると聞いて、私はこの仕事を選んでよかったとつくづく思った。
大げさなことはしなくていいから、形だけでいいの。ゆかりにお願いしたいの。
私は二つ返事で、馨を――二人を「お客様」にした。


打ち合わせに来るのは二人一緒の時もあったし、馨だけのこともあった。
あのころと変わらない、そっけないけど仲睦まじく寄り添う二人を見て、嫉妬にも近い感情を覚えていたのは遥か昔。

たいていの女性はそれこそ自分がお姫様になったように興奮して何時間もドレスを選ぶのだけれど、馨は違った。
「ウェディングドレスってこんなに種類あるのね」
たったその一言、それでも嬉しそうに笑って私の説明を聞いた。

「Aラインが一般的だけど、馨は背も高いし細いから、ベルラインの方が似合うと思うけど」
「そう?じゃあ、これがいいな」

即決だった。シンプルで、まさに「純白」の品のいいドレス。
インスピレーションなのか、「新郎」の希望を聞いてきたのかどうかは定かではない。
それでも試着をしてみると、この上なく馨に似合っていた。それを一番最初に見たのが私でよかったと得意な気持ちになる。
男とか女とか関係ない。私は純粋に、友達として馨が好きだったから、初めて真田先輩に勝てた気がした。
きっと彼は、「俺が一番最初に見たかった」と当然のように悔しがるのだろう。



そして当日。
何事もそうだが、準備9割、本番1割。もちろん本番は120%の集中力を要する。
私の仕事は特にそうだと思っている。
親友の結婚式、いつも以上に抜け目ないチェックをした。

結婚式当日を快晴にすることさえ、私の仕事の一部だと思っている。
12月の昼間とは思えないほど気持ちのいい日だった。

「・・・やっぱり歩きにくい、ヒール」
「ローヒールにしてあげたでしょ?文句言わない」

馨は自分の背が高いことを気にして、ヒールのある靴を嫌っていた。
私からしたら、モデルみたいで羨ましいのだけど彼女はコンプレックスに思っているらしい。
私は胸に小さなネームプレートを付けて、皺ひとつないパンツスーツにハイヒール。
向かい合うと同じくらいの背丈になった。
なんてことない会話をしながら着付けを終える。
それを手伝った私の後輩社員は、一歩引いて確かめるように瞬きすると、思わず感嘆の声を上げた。
「きれい」と。

そう、きれいだった。容姿の良しあしに関わらず、花嫁というのは無条件にきれいなんだけれど、彼女は格別だった。
親友としての欲目もあるかもしれない。なんだか嫁に出すのがもったいないと、馬鹿なことまで思ってしまう。

別のスタッフが部屋に入ってきて、私に笑顔で耳打ちをした。
そう、ありがとう。そう言って、慣れない格好で落ち着かない様子の馨の方を向く。
「”あっち”も終わったわよ」
「う、うん」
「呼ぶ?」
「・・・うん」

そうやって頬を染める姿を見て、つい口元が緩む。ほんとにかわいいわね、あんたは。
「じゃあ邪魔者は消えるから。すぐ戻るけど」
「ありがと・・・ゆかり」

そう言ってほほ笑む花嫁を部屋に残して、私はスタッフを引き連れて、静かに部屋を後にした。
毛足の長い絨毯に覆われた廊下には、すでに彼が立っていた。

「馬子にも衣装だな」
私と目があった彼の第一声はそれだった。諦めたような含み笑い。それって自分で言う言葉じゃないでしょう。
それがわかっていても、誰も言ってくれないから自分で主張したんだろう。

誰も言ってくれないのは、言う必要がないからだ。馬子にも衣装どころか、羽毛が美しければその鳥も美しい、それを体現している。
いやむしろ、その鳥が美しいからこそ羽毛がより美しく見える、か。
どちらにしても、色白で銀髪の彼に、タキシードは憎たらしいほどよく似合っている。
それが悔しくて、つい意地悪を言いたくなる。一歩距離を縮めて、馨のいる控室に目をやりながら口を開いた。

「見ない方がいいかもしれないですよ?」
「なぜだ」
「うちのモデルにしたいくらいの出来ですから」
「・・・」
「ああ、でもそんなことしたら一気にファンが増えちゃうなあ」
「・・・・・」
「もうね、お嫁に出すのがもったいないくらい」

彼は居心地が悪そうに目をそらした。そんな顔をしなくたって。
「冗談ですよ!二人とも悔しいくらいお似合いです」
「・・・岳羽」
「今は岳羽じゃありません」
「・・・そうだったな」
「ほら、入るときはノックを3回」
「わかってる」
「緊張してます?手震えてますけど」
「・・・頼むからほっといてくれ」

口の端に笑みを浮かべたまま、彼は私を追い払った。おとなしく背中を向けて、次の準備へ急いだ。
エレベーターの前で後ろを振り返ると、新婦の控室の前に、彼の姿はもうなかった。

きっと二人は、あの部屋の中で、人生で一番幸せな時間を過ごしていることだろう。
それをプロデュースできたこと、私は嬉しく思う。

・・・

これでもかというくらい分厚く重いドアに、果たしてノックは意味があるのかと思ったが、
「どうぞ」という返事は思ったよりクリアに聞こえてきた。
そしてゆっくりと、扉を開けて足を前に出す。そして目に飛び込んできた真っ白なドレス。
馨は大きな窓の前で、落ち着かないように立っていた。

見ない方がいいかもしれませんよ?
岳羽のあの言葉は正しかった。ああいや違う、今は「有里」だ。
本当にこのまま結婚していいのかと思うほど、だった。俺にはもったいない。
いや、だからと言って俺より馨を幸せにできる男なんて、いてはいけない。
立ち尽くして指先ひとつ動かさないままの俺を見て、馨は慌てて「やっぱり、変?」と聞いてきた。

ああ、変だ。そんなにきれいなおまえは変だ。公の場で結婚式なんて挙げないで、このまま連れ去ってしまいたい。
これまでにないほどゆっくりと、一歩、一歩と近づいていった。

馨は赤い瞳を瞬かせて、そんな俺をじっと待っている。
そして触れられる距離になる。いつもの距離なのに、なんだかずいぶん遠い気がした。
プロのメイクのおかげか、いつも以上に柔らかそうな頬に触れる直前に指先は止まった。

きれいだが、儚い。触れたら壊れてしまいそうで、思わずためらったのだ。
しかし馨は、止まってしまった俺の手に何のためらいもなく触れて、そっと握りしめた。
それはいつもの馨の手の形と、力の込め方だった。何も変わらない。
そしてようやく、その姿を見て感想を述べることができた。

「きれいだ」と。

結婚は自由との決別だと誰かが言った。
恋が愛に変わり、家族になる。そこには恋人のような自由さはない。
しかし俺は感じていた。 今日は、君に二度目の恋をした日になると。

2012/02/09
君と想い出・十題 「君に二度目の恋をした日」…thanks! リライト