Home Sweet Home
あねはづるの車内で、目の前に家族連れが座った。
私の隣の真田先輩に無意識に視線を向けると、いつもと変わらず本を開いていた。私の視線には気づいていない。
そしてもう一度前を向く。若いお母さんと、幼稚園くらいの男の子が二人。
仕事帰りらしいお父さんだけが吊革につかまって、子どもと何かを話していた。
どこにでもある。けれどまぶしく見えた。みんな笑顔だったから。
家族というのはそれだけで強い。母親を真ん中に挟んで、彼女の持つ携帯電話の画面をのぞきこんで、みんな笑っていた。
「そんな顔するな」
はっと横を振り向くと、真田先輩が私を見ていた。広げられた本は膝に伏せられている。
絡め取られた視線には同情も共感も感じられない。
そんな顔するな。そう言われるのはいいのだけど、ついでに頭を撫でられるようなら喧嘩になっていた。
きっとその瞬間腹が立って見下された気になって、力任せに手を振り払っていた。幸い彼の手は私に触れようとはしなかった。
そんな顔するな。どんな顔だろう。嫉妬、羨望、自嘲。とりあえずぜんぜんかわいくない顔をしてたのは確かのようだ。
「俺たちは別に不幸じゃない」
先輩は再び本を手に持って、視線も戻した。その横顔はいつも通り、眉一つ動かない。
私は黙りこくった。なんて言えばいいのかわからない。
この話題はきっとこれで終わりだ。仕方がないし当然だ。気持ちを切り替えるように息をついた時だった。
「家族はこれから作ればいい」
こんなふうに。こんなふうに、私の恋人は不意をついて私を驚かせるのが好きなようだ。
今度は本を完全に閉じて、再び私に向けられた視線はさっきとは違う。
目の前の家族の楽しそうな笑い声も、かったるそうな車内アナウンスも、外から聞こえる海の音も。
全部がBGMのように切り替わって、先輩の声だけが耳に残った。
家族はこれから作ればいい。確かにそうだ。
無駄な過去なんて一つもない、けれど過去よりも現在を生きる、それを意識して徹底しようとしている真田先輩らしい言葉だった。
ただその言葉に、淡い期待を――自分勝手だろうか、どうしようもなく幸せな未来を思い描いてしまった。
期待外れは嫌だ。だからすぐに頭を切り替えようとした。けれど彼は私を畳み掛ける。
「できれば、」
長い指は珍しくゆっくりと動いて、考えるように顎に添えられた。
「・・・3人くらい欲しい。にぎやかなのは嫌いじゃない」
それが何を意味しているのか、わからないほど鈍くはない。
その相手が私であること、それをいちいち確認したらきっと、怒られる。
そろそろ自信を持ってもいい頃なのだろう。私はぎこちないけれど偽りのない笑顔を作った。
「そう、ですね」
「甘やかす自信しかないな・・・」
「じゃあ私が厳しくするしかないじゃないですか」
「俺に子育てを期待するのが間違ってるだろ?」
皮肉めいた言葉。けれど口元は穏やかに緩められていた。
「まあ、努力はするさ」
あと5分で巌戸台に到着する。まだ夕暮れには時間がある。
ホームに足をついたら、海の見える公園に先輩を誘おうと、ふと思った。
たとえ今だけの、拙い憧れでも、夢を見ていたい。
2012/02/26
星コミュにおける「幸せにする」発言の真意だと思われます。