美しき悪魔
僕は彼女が好きだった。
顔を見れば鼓動は高鳴るし、そばに行けば触れたくもなる。
そういうのは、初めてだった。
喫煙騒ぎで彼女が教師に疑われたとき、僕は本気で憤った。
自分の体裁なんて関係ない。ただ彼女のために。そんな自分の行動に驚きもした。
「女に骨抜きにされて・・・か。確かにそうだな」
呆れたように僕に向かって放たれた教師の言葉を、そのまま繰り返してみる。
二人きりの生徒会室。もう季節は次の春に向かっている。時間は限られていた。
彼女は変わらず僕を見つめる。いつだってこうして戸惑うのは僕ばかりだ。
口を滑らせるなら今しかない。
「端的に言えば好き・・・ということだ」
平静を装って、理屈を並べた言い訳のような告白。
僕にはそれが精いっぱいだった。気持ちは一方的だった。
顔なんて見れない。視線を逸らす。彼女がどんな顔をして僕を見ているのか、確認なんてできるわけない。
「しかし僕たちは今、お互い他にやるべきことがある。いつか僕が、僕自身に満足できる日が来たら、もう一度言おう・・・」
情けない。
「その日が来るまで僕は夢を見ていられる・・・ということだ」
違う。本当に言いたいのはそんなことじゃない。虚勢だ。
要は自信がなかった。もし彼女に恋人がいなかったら、その自信は僕を奮い立たせてくれたのかもしれない。
僕と付き合ってくれ、と言える自信を。
馨、と呼んでみたいし、登下校も共にしたい。ケンカをしたら謝って、仲直りもしたい。誕生日にはプレゼントを贈って喜ばせてみたい。
今より好きになって、そして僕も彼女に愛されたい。
なんでよりによって彼女だったんだろう。あんな、あんな反則とも言える手ごわいライバル。
僕が真田明彦に劣っているとは思わない。自惚れでもなんでもないが、個を比較すること自体ばかげている。
でも僕は彼にかなわなかった。二人は両想い。それだけだ。
こうして少し離れたところから見て、絆の深さは嫌味かと思うほど伝わってきた。
気持ちなら僕だって負けていない。そう言い切れるのに、なぜか勝てなかった。
だが僕はリングに上がる前からそう決めつけていた。だからこうして告白して、同じ土俵で勝負しようと思った。
けれどやっぱり駄目だった。必死の思いで目に入れた彼女の顔は、予想通り、だったから。
それでもやっぱり、諦めきれない。
「僕じゃ駄目なのか?」
ああ、未練がましい。戸惑う彼女の腕を取って、そんなことを言うなんて。
思わず(無意識にと言ってもいい)つかんだ彼女の腕は、制服越しでも細く、どこかやわらかかった。
「僕じゃ・・・」
駄目なのか。
彼女は微動だにしなかった。痛かっただろうに、つかまれた腕を振り払おうともしない。
赤い瞳は真摯に僕を見つめている。本気で僕と向き合っている。彼にもかなわなければ、彼女にもまた、かなわないな。
彼女は僕を男として見ていない。いつからだろう、友人のままでは満足できなくなったのは。出会えただけで感謝しているというのに。
彼女にとっての男は、真田明彦だけだ。
小さく息をついて、そっと腕を離した。
彼女は口を開いて、僕の名前を呼んだ。小田桐くん。思えば、少し高いきれいなその声でそう呼ばれるたびに、一喜一憂したものだ。
続けて何かを言おうとする彼女を遮って、僕は背を向けた。聞きたくない。私は真田先輩が好き、だなんてわかりきった事実を、彼女自身の口から聞きたくない。
「また、生徒会でな」
いつもと変わらない声を出して、その場を後にした。彼女は僕を追ってはこなかった。
廊下を歩く。階段を下りる。玄関をくぐる。そしてそのまま家路につく。
あ、・・・・鞄を忘れた。
まったく・・・僕は・・・。
「僕は教師になろうと思う」
そして迎えた3年生の卒業式。
2年の僕たちにとってはなんてことない行事だが、僕にとってはけじめだった。
けじめ、のつもりだったのに。
「小田桐先生かあ・・・うん、すてきだよ」
にっこりと笑った花のような笑顔。
裏表のないその笑顔がなによりも好きだった。
きっとそれは、真田も同じなのだろう。
「・・・・・・」
「ん?」
「・・・・いや、なんでも・・・・、なくない」
「なに?」
「なんでもなく、ない」
「どっちよ」
「わかってくれ・・・」
男を虜にする女性のことを小悪魔とか言うらしい。
彼女は小悪魔なんてもんじゃない。正真正銘の「美しき悪魔」だ。
僕に残された彼女とのあと1年間。
けじめをつけるには早すぎるかもしれない。
2012/03/13
皇帝コミュは、星コミュの次に好きでした。月コミュよりもドキドキした。
だって小田桐くんすてきすぎる。真田先輩にかなわないところが二度おいしい。小田桐だいすきだ!