午前2時のコンビニ
「おなか減った」
馨はいつも唐突だ。今だって俺の上にまたがって、無駄に真剣な顔でそうつぶやいた。
いつものことだ。俺は自然に腕を伸ばして馨の足に触れる。
「冷蔵庫にも棚にもなにもないぞ」
「あるのはプロテインと豚足だけね」
「俺はそれがあれば十分だが」
私は遠慮しとく。さらりと言いながら、馨は腰を曲げて、俺の首に腕を回してきた。
しかしすぐに離れていく。なにかを思いついたように。愛しい恋人の無自覚の甘い色香に、中途半端に反応した体が少し不憫だ。
「コンビニ行く!」
「こんな夜中に・・・」
「2時過ぎ。たしかに夜中。あ、一人で行くから平気だよ?」
逆だ。まったくどうしようもない。ため息をつきながら体を起こすと、反動で馨は反対側に倒れこんだ。スプリングの効いたマットがそれを受け止める。
「バカ。こんな時間に一人で出歩くな」
「平気なのに」
「俺も行くから・・・服着ろ」
「ほんと!?」
「俺のシャツも取ってくれ」
「はい!あ、こないだ買ったパーカー着てこっと!」
ぱあっと明るくなる笑顔。まるでうさぎのように飛び跳ねて、馨はクローゼットをあさり始めた。
俺の部屋には、本棚にもクローゼットにも、少しだけ馨のスペースがある。
そこにはもちろん下着も置いてあるわけだが、まさか取り出して、あわよくば枕元に置いておこうなんて、そんなまさか。しかし時間の問題かもしれない。
部屋の電気を消して、玄関で靴を履く。俺はスニーカーを、馨は踵の低いミュールを。
半分部屋着のまま、こんな時間に二人で外に出ることは、なんだかくすぐったい気持ちがした。夜の風は生ぬるい。
最近では、影時間の特徴的な空気を思い出すことは少なくなっていた。
鍵を閉めると、馨が俺の腕に体を寄せた。周りにはもちろん誰もいない。
まるで子供のように落ち着きのない馨に小さく微笑んで、薄暗いマンションの廊下をゆっくり歩いた。
コンビニはマンションの目の前だった。いくつもある看板の電飾で、この時間でも道は違和感を覚えるほどに明るい。その中でもひときわ明るいコンビニの自動ドアをくぐる。
馨は真っ先に店の奥へ駆けて行った。こじんまりとしたスイーツコーナー。俺は馨の後ろで、彼女の品定めを待つことにした。
いつも思うが馨は本当にかわいい。後ろ姿でさえそう思う。いつもと違う位置で留められた長い髪は、俺だけが見ることができるという優越感に浸れる。
大好きな甘いものを選ぶのに夢中で、自然にかがめられた細い腰はあまりにも無防備だった。
「こないだ買ったパーカ」はいいのだが、その裾から見えるホットパンツの丈は短すぎた。馨の部屋着はいつもこれだ。短すぎるホットパンツ。わざとだとしか思えない。
・・・なんとなく周りの目が気になる。品出しをしている若い男の店員も、くたびれたスーツで弁当を選んでいる中年男の視線も。
明らかに下心のある視線で、俺の彼女の脚を見ないでほしい。というか見るな。一発ずつ殴ってくるか。
「んーっ、これにする!」
馨はくるりと振り返って笑顔を見せた。その手にはカップケーキ。上にはフルーツが乗っている。
俺はそれを受け取って、強引に馨の肩を抱き寄せてその場を離れた。俺の悩みの種は尽きない。
「明彦は?いいの?」
「ああ」
「おにぎりとか買えば?明日お休みだし、夜更かししたいな」
「・・・」
その言葉が男にどう捉えられているか、こいつはわかってるんだろうか。わかってないな。
馨の言う夜更かしは、借りてきたホラーDVDを部屋で見るとかテレビゲームで対戦するとか、そういうのだろう。
そのためにはコンビニ食品は不可欠らしい。証拠に俺の手元の籠には、さっきのカップケーキ以外にもスナック菓子や紙パック飲料が積まれていた。
「・・・、おまえそれ全部食べるのか」
「えっ?あ、うーん、大丈夫!太らないようにするから」
別に少しくらい太ったっていい。その時は俺のトレーニングメニューに馨も参加させるまでだ。
「お菓子と、紅茶と、ケーキと、あと朝ごはんのサンドイッチ。うん完璧」
指折り数えた馨は満足そうに笑った。
・・・そういえば。もうなかった気がする。休前日の夜更かしには不可欠だというのに、だ。
「明彦はー?ほんとに何もいらないの?」
棚の隅の方に追いやられているコンドームをひと箱取って、籠に入れた。
2012/03/28
大学生カップルってこんな感じだと思う。小さなことでも楽しくてしょうがない感じ。