とくべつ


僕は僕なりに、彼女を守ってみせる。
それが僕の恋の仕方。

・・・

ボクシング部の真田といえば有名だ。
あくまでも月光館学園の中での話だが。いや、部活つながりで他校でも知られているかもしれない。
なんたってずば抜けた強さだからな。
中学時代からどこぞの高校からスカウトやら何やら受けてきたらしい。
ほどよい体つきで背も高く、おまけに女子ウケする整った顔・・・
まったく、天は二物を与えないんじゃなかったのか?彼は二つどころか三つも四つも持っているようだ。

ああ、そういえば生徒会長とも仲がいいようだ。
以前二人でいるところを見たが、お互い「美鶴」「明彦」と下の名前で呼ぶほどの仲――。
ふっ、それが何を意味するのか、色恋沙汰に疎い僕だってわからないほど愚かじゃない。
実際ファンクラブまである彼に一番近しい異性である会長が、周りから何のやっかみもうけないのは、
二人はお似合いだという暗黙の了解があるからではなかろうか。
我らが生徒会長も真田に引けを取らない人気ぶりだし、美男美女同士、うまくおさまってるんだろう。

しかし槇村君が転校してきてから、何かが変わっていた。
何がって、真田の周りがだ。ずいぶんにぎやかになっている。
まあ、以前から取り巻きの女子がうるさいほどたくさんいたが、そういうことではない。
僕に他人をしつこく観察するような根暗な趣味は断じてないが、意識せずともそれは感じ取れた。

「なんだ、小田桐。ずいぶん物憂げだな」
「・・・会長」
生徒会室に一番乗りしていた僕に続いた会長が声をかけてきた。
「僕のささいな好奇心なのですが、一つ質問してもよろしいですか?」
「?どうした、珍しいじゃないか」

もともと僕は会長と特別仲がいいわけでもなんでもない。
生徒会の同士、会長と副会長というだけだ。だからこういった会話はもしかしたら初めてかもしれない。

「会長は、”あの”真田さんと恋仲なんでしょうか」

これが事実ならば、冷静沈着な会長とて少しは動揺するかと思った、のだが。
「なんだ、やぶからぼうに」
会長はいつも通りの表情で、小さく苦笑して席に着いた。
「いえ、世俗的な好奇心です」
「明彦は昔からの友人だ。いや・・・仲間か」
「仲間・・・?」
「ああ。私にとって彼は特別だが、はやしたてるようなものではないよ」
「・・・」

世間はいつだってそうだ。この狭い学校だって一括りの世間だ。
噂は時に事実を覆い隠す。僕は自分自身の目で事実を知るべきだ。改めてそう思った。

「失礼しまーす・・・」

控えめにドアが開いた。
「槇村。いつもすまないな」
「いえ!美鶴先輩こそ、おつかれさまです」
槇村君は会長の隣に腰を下ろすと、にっこり微笑んでそう言った。
彼女が生徒会室にいると、なんだか空気が和む。それを感じるのは、僕だけではないはずだ。

「遅くなってすみません」
「いや、平気だ。取り立てた仕事はひとまず終わったしな」
「ちょっと真田先輩につきあってたんです」
「なんだ、またトレーニングに付き合わされたのか?」
「部活がない日の自主トレにお供するのが当然みたいなノリになっちゃいまして」
「多少自分勝手なところが明彦の悪いところだ。忙しいのにすまないな、槇村」

確かに彼女は忙しい。
僕が知る限り、彼女の放課後は予約がいっぱいなはずだ。
「いえ!楽しいからいいんです。ダイエットにもなりますし!」
「君の前向きな思考、私も見習いたい」

思えば彼女は会長とよく話す。たわいもない話を、だ。
効率主義である会長の「たわいもない話」は、彼女とのやり取りでしか、聞けない。
最近の槇村君自身のたわいもない話の中には、例の真田がよく出てくる。
先輩と海牛ばっかり行ってるからさすがに牛丼には飽きてきた、とか
先輩と一緒に帰った時にたこ焼きをおごってもらった、とか。(やたら食べ物の話が多い)

あとは、昨日は「ゆかり」と新しいリップを買いにいったんですよ、とか、
(「ゆかり」とはF組の岳羽だろう。彼女のやたら丈の短いスカートや目立つ色のセーターには僕も目を光らせている)
今日も「順平」は授業中寝てましたー、とか、
(F組の伊織か・・・。彼の帽子はいくら注意しても直らないな)
つっこみたくなるクラスメイトの話題も多いが。
たまに本屋のおじいさんとかかわいい小学生とか、はたまた怪しいお坊さんなんてのも出てくる。
――彼女のアクティブさには頭が下がる。

「すまないが、資料室に所用がある。槇村、さっそくだが小田桐の手伝いをしてくれないか?」
「わかりました!いってらっしゃい」
槇村君の明るい返事に会長は小さく微笑んで、生徒会室を出て行った。
二人きりになった。

「槇村君。前回の生徒総会の議事録を仕上げたいんだ」
「もちろん進めてあります」
「・・・って、もうできたのか?」
「うん。はやめにやったほうがいいと思って」
平然と言う彼女に、僕は思わず目を見開く。彼女には、弱点がないのか?
「とりあえず、チェックしてもらっていいかな。小田桐くんが見るのが一番確実だと思うし」
彼女に頼んだ仕事は、総会での風紀委員会の活動報告のまとめ。風紀委員を仕切る僕に最終チェックを頼んできた。
本来これは書記の仕事だが、槇村君の手伝いのおかげで書記の負担が減っていることは言うまでもない。
彼女の仕事ぶりには、僕も驚いている。

ただそれをひけらかして得意になることも、主導権を握ろうとすることもない。
やるべきこと以上のことをあっさりこなして、自分は何でもないような顔をしている。
それは多分、無意識に。だからみんな気に留めないが、実際すごいスキルだ。
彼女のそういうところに、僕は惹かれている。

「ありがとう。さすがだな」
「いえいえ。あ!そうだ、小田桐くん、あのね・・・」
槇村君は自分の鞄から何かを探し始めた。無意識に鞄の中身に目が行ってしまう。
数冊の教科書とノート、おそらく化粧品が入っているであろう小さなポーチ。それだけ。
彼女らしく持ち物は少なめですっきりしている。そのくせいつもなんでも出てくる。
使い込まれている割にきれいなスクールバッグには、一つだけキーホルダーがついている。
女子らしい、ピンク色のうさぎのぬいぐるみだった。

「これ!あげるよ」
「・・・これは?」
「料理部でつくったの。いっぱいあるから、みんなにあげてるんだ」
これまた女子らしい柄がプリントされた小さな包み紙を開けると、クッキーが入っていた。
槇村君の顔に視線をずらすと、いつもの笑顔がそこにあった。

そう、いつもの。みんなに向ける笑顔。それは特別ではない。
その笑顔が、特別な意味になる誰かに、向けられていることはあるのだろうか。
いや、たぶん僕は知っている。
最近校内の廊下でよく見かける、特別な彼女の笑顔。
その隣にいる、僕にはどうやっても勝てそうにない特別な存在も。

校内で手作りお菓子を、異性に渡す。
風紀委員として、これは少なからず突っかからなくてはならない問題かもしれないな。


ただ、今だけは、少しだけ僕の役割を忘れていたい。

2011/08/22