センテンス
ちょっとしたすれ違いが死活問題になる。
男女交際は難しい。
「じゃあ別れますか?」
そう言った馨の顔を、うかがい知ることはできなかった。
俺に背を向けて、いつも通りの口調で放たれたその言葉。
いつも通りの口調なのに、そこに感情はこもっていなかったように思う。
間髪入れずに言葉を返そうと思えば、できた。
けれどのどまで出かかった言葉はすべて偽りにしか思えなくなってきて、やめた。
沈黙。
二人きりの夜更けのラウンジ、いつ誰が降りてきてもおかしくはない。
馨はまだ、俺に顔を見せてくれない。
そもそもは俺が原因だった。
深く考えずに、思ったことを言った。それがいけなかった。
俺と馨が付き合っていることは、まだ誰にも言っていない。
告白から1週間も経っていないし、何よりなんて言えばいいのかわからない。言わない方がいいのかもしれない。
俺は恋に、全く無知だった。
ふと思ったのだ。命がけの特別課外活動部に支障が出るのではないかと。
もちろんどちらも本気だった。馨もSEESも。ただ伝え方を間違えた。
「この中で俺たちがこういう関係になるのは・・・どうなんだろう」
素直にそう思ったからそう言ったまでだ。本当に。
けれど馨は表情を消して、口をつぐんだ。俺はその変化に気付いた。自分の失言にも。
そして今に至る。
「じゃあ別れますか?」
そう聞く馨の心境を、俺は想像すべきだったのだ。口を滑らす前に。
自分の目的だけを求めて生きてきた俺に、恋愛なんてそもそもが高度すぎる。
苛々する。呆れる。自分に。すべてに。
大きなため息を寸前で飲みこむ。真摯に接しなくてはならない。わずかなミスも命取り。
言葉足らずな自分を押し出して、事実だけを伝えた。
「悪い・・・違うんだ」
「違う?」
「そういう意味じゃない」
「じゃあどんな意味よ」
こらえていた何かを表に出すように、馨は勢いよく振り向いた。
口調は素に戻っている。俺を見据える赤い瞳はしたたかだった。
そんな馨を好きになったのに、近づけば近づくほどうまくいかない。
今は抱きしめることも歩み寄ることもできそうにない。
「別れたくはない」
「・・・」
「言葉の・・・あやというか」
「・・・」
「俺が言いたかったのは、」
「・・・」
「あいつらに・・・ちゃんと言おう、俺たちのこと」
「・・・、はい」
最後にふと見せてくれた小さな笑顔に、どれだけ安心したことか。
張りつめていた緊張が解けて、一気に脱力する。そのまま後ろのソファに重い腰を下ろした。
大きくうなだれて、安堵のため息をもう一度飲みこむ。その隣に馨が座った。
「先輩」
その声に顔を上げる。馨はすかさずこう続けた。
「すきです」
完璧な上目遣い。軽くしがみついた腕にそっと当たる胸。
これが計算だったらどんなに萎えることだろう。そう思っていても好意的な反応を示すのが男だとわかっていても、だ。
馨の媚には計算がない。いつでもストレートで素直で全力だ。俺にだけ媚びる彼女。なんてかわいいんだろう。
「離れたくない」
だから別れたくない。
小さな声でそう言って、馨はそっと、顔を伏せた。
女は言葉にデリケートだ。
それが俺の、今日の気づき。
2012/04/14
真田先輩には女の子の気持ちがわからない。女主ちゃんは気を許した相手には結構わがまま。でこぼこだけど離れられない二人です。