絶対泣きたくなかった日


涙は女の武器だというけれど、泣こうと思って泣くなんて器用な真似は、馨には出来なかった。
よく理由もなく妬まれてきた。
人より少し優秀で、容姿もよく、異性を惹きつける。
彼女にとってそれは努力の結果であって、誰かを陥れようなんて思ったこともない。
それなのに泣かれたり泣いたりする。彼女の周りはいつも平和とはほど遠かった。

いつからか、泣きたくても泣けなくなった。
悔しくて悲しくて、誰かの前で涙を流すとそれは卑屈に見えたらしい。
泣けばいいと思ってるんじゃないの。そう言われた日のことは今でもよく覚えている。

泣きたいときは一人で泣く。
もう誰にも涙は見せない。
そう固く誓って、それを実践してきた。
それなのに、彼の前では素直に泣くことができた。抑えられなかったという方が正しい。

きっかけはささいなこと、よくある気持ちのすれ違い。
思いを言葉にして彼にぶつけると、急に目頭が熱くなって涙があふれた。
にじむ視界に映る彼の顔は、困ったようにうろたえ始めた。

「なっ、・・・なんで泣くんだ」

いつも気丈なリーダーが、一人残された子供のように泣いている。
自分が泣かせている。そう思うと、さっきまでのように微動だにしないわけにはいかなかった。
肩に触れようと手を伸ばして、またひっこめる。
意味もなくあたりを見回したりした。二人きりの部屋、もちろん誰もいない。
それでも泣き止まないから、意を決してそっと触れた。肩に、そして濡れた頬に。

すると一回り小さいしなやかな手は、ためらうことなく真田の手に重ねられた。
驚く間もなく握りしめられる。頬を伝う涙はそのまま彼の手を濡らした。
あたたかい涙にいたたまれなくなって、無意識に目を細めて目の前の彼女を抱きしめる。

愛しくてたまらないときも、こうして喧嘩をしたときも、抱きしめたときに鼻をくすぐる香水の香りは変わらなかった。
肩の下、馨が顔を押し付けた個所が熱い。まだ泣き止まない。
どうしてそんなに泣くのか。真田にはわからなかった。
だからかける言葉も見当たらない。頭の中の言葉の引き出しはすべて出し尽くした。それは思いのほか、少なかった。

「・・・、馨」

悩んだ末に名前を呼んだ。
すると背中に回された細い腕は、震えながら力を込めた。
歯切れの悪い間を置きながら、彼女の名前を呼び続けた。そのたびに、何らかの反応が返ってきた。

やわらかい茶色の髪を撫でながら、真田は自分の胸が満たされていることに気付く。
こうして感情を包み隠さないまっすぐな彼女が、どうしようもなく愛しい。

2012/04/28
真田先輩は女主ちゃんの涙に弱いはず。
君と想い出・十題 「絶対泣きたくなかった日」…thanks! リライト