もつれ話


牛丼屋のテーブル席ってのは、主に家族連れやグループのために用意されている。
だから独り身の俺が、ぼっちで広いテーブルにぽつんと座っているのは肩身が狭かった。
だってカウンター席は満席。仕方なくこっちに座ったのだ。
あーあ、あの中に紛れていれば目立つことなんてないのに、どうして場所ひとつでこうも変わるのかね。

運ばれてきた牛丼定食に手を付けた瞬間、後ろの客の会話が耳に入ってきた。
聞いてたわけじゃない。ただタイミングが合っただけなのだ。

「だから、違うって言ってるだろ?俺が浮気なんてするわけない」

うわあ、なんだよカップルかよ後ろの席。
振り向いたら100%目が合うし、どんなツラしてんのか気になるが耳だけを澄ませる。
いや、いったん聞き始めたら嫌でも耳に入ってくる。くそ、牛丼の味がわかんなくなってきたぞ。

「家に帰ってきたら香水くさかった。私のじゃない。女物」

なるほど、そういうことですね。
声の感じからして俺と同世代、同棲中か夫婦かは知らないが、男の方に浮気疑惑が浮上しているようだ。
よくある話だが、そんな話をこんなところでするか?よりによって牛丼屋よ?ここ。せめてファミレスにしとけよ。

「それは何度も言ってるように・・・」
「理屈は通ってる。論理的だし。でも嫌なものは嫌なの。わかるでしょ」

ああ、めんどくさそうな女だ。
少し高い通る声はきれいだが、わがままそうだ。
それにしても他人の恋愛のもつれ話ってのは愉快なもんだ。
男の方には悪いがそのままこじれて別れてしまえ。独り身ってのもなかなかいいもんだぜ、なあ。

「そりゃあ、・・・俺だっておまえ以上に、つまらない嫉妬はいくらでもしてきた」

口のうまい男だ。
それにしてもなんだよその固いしゃべり方は。声のトーンからしていかにもデキる男っぽいが、俺は苦手だなあそういうやつ。

「けど俺にはおまえしか見えない。だから結婚したんだ。・・・わかるだろ」

むせた。盛大に。
あわてて水を流し込む。なんだ、なんなんだ後ろの男は。正気の沙汰か。
そんなセリフを(おそらく)真顔で言うのか。いやいやいや、ドン引きだろ。彼女・・・いや、奥さんドン引きだろ。
なんだか気の毒になってきた。あー、くっそ器官に入った。

「・・・明彦」
「浮気しようにも、馨よりかわいい女がいないしな・・・」
「・・・」
「わざわざレベルを下げる必要、あるか?」
「・・・ごめんなさい」

えっ。
えっ、え?なにその流れは。なにその流れは。奥さんはあれか?演技の上手い女優か?
それともマジなのか。マジで歯の浮くようなセリフに感激してるのか?
ツイッターでつぶやきたい。今うみうしなう。後ろのカップルが激アツすぎる。
・・・いや、そうしたところで俺がみじめになるだけだ。これはさっさと帰るコースだ。
よし、帰ろう。帰りにツ○ヤで大人しか入れないあのコーナーを物色しよう。

残りの味噌汁をかきこんでいる最中、後ろの二人が席を立った。そして俺の横を並んで通り過ぎる。
そこで俺はチラリと二人の顔を見たわけだが、箸が止まった。

・・・世の中不公平だよなあ。
いや、やっぱ相応なのか。ああいう美人には、ああいう男が似合うよな、そうだよな。
俺はああはなりたくないけどね。

2012/04/28
もつれ話のはずが、ただのバカップルでした。