新婚さんイッてらっしゃい
どういうわけか、したくてたまらない夜がある。
それは自制がきかない恥ずべきことだとわかっていても、自分の体に嘘はつけない。
薄暗い部屋、大きめのベッドの中、頭まで毛布をかぶって背中を丸める。そうして脚の間にそっと指をあてがっても、ちっとも満足できなかった。
してほしい。彼にしてほしい。数日前の、このベッドでのセックスを思い浮かべてさらに体を丸める。真っ白いシーツに顔を埋めても、柔軟剤の匂いしかしなかった。
枕カバーもシーツも、つい昨日変えたばかりだ。妙に潔癖なところはすでに習慣だった。白いシーツのストックだけでクローゼットは占拠されている。
こんなことならお互いが流した汗と体液のついたシーツをそのままにしておけばよかった。
匂いから来る刺激はそれだけ大きいとわかっているのに、後悔しても遅い。大きくため息をついて寝返りを打った。
今日は遅いのかな。もう12時過ぎたかな。他のことに意識を集中させようとしても、目を閉じて浮かぶのは卑猥で甘美な映像。
生温くて気持ちのいい深いキスの感触とか、汗ばんだ肌がはりついて、音を立ててはがれて、またぺとりとはりつく感覚。
もう慣れた、それでも毎回どうしようもなく緊張する、つながった瞬間の自分の淫乱な声とか、その時につかんだシーツの冷たさとか。
どれもこれもがリアルで、それでも現実味がなくむなしかった。むなしさと同時に体の疼きも高まる一方だった。
もう、自分で自分を慰めて満足できるような素直な身体ではなくなっていた。結婚してからはそれが顕著になってきた。
相変わらず頻度はそんなに多くはないけど、彼は驚くほど私を満たしてくれていた。それは同時に依存を意味していた。
それに気づいた時、自分は幸せだと思った。何もかもを支配されたいわけじゃないけど、少なくともこの身体は彼のためだけに捧げたい。私は普通じゃないみたい。
ふと、玄関の鍵が開く音がした。鼓動が飛び跳ねる。慌てて体を起こして、カーディガンを羽織るのも忘れて部屋を出た。
予想通り、靴を脱ぎながらこちらに気付いて顔を緩める彼の姿があった。
「なんだ寝てたのか。悪いな、起こしたか?」
ほどかれた長い髪と寝間着を見て、彼はそう言った。今日も相変わらずスーツが似合う。一日が終わった時も、くたびれた様子はなく品の高さは保たれている。
確かに耳に響くいつもの声と彼のまとう空気を肌で感じて、たまらなくなってそのまま胸にしがみついた。玄関の狭い廊下で。
一瞬その大きな手が私の肩に触れるのをためらったのを感じて、困らせてしまったと思った。
「・・・珍しいな」
含み笑いをこめた声と共に、長い腕はやわらかく私を包んでくれた。それだけで胸がいっぱいになる。
珍しい、確かに。私から彼に甘えるようなことはほとんどなかった。
たくましくあたたかい胸に頬を押し付けて、遠慮がちに口を開いた。ほんとうに甘えるのはまだ早い。
「今日は・・・疲れてる?」
「いや、普通だ」
そう返した彼の口調は本当に普通そうだった。
考えてみれば、よっぽどのことがない限り、彼は「疲れた」なんて口にしないしそぶりも見せない。
「ごはんは?」
「食べてきた。言っておいただろ?」
「じゃあ眠い?」
「・・・、何が言いたい?」
私の意図を図りかねたのか、明彦は眠いかどうかの返答はしてくれなかった。体を離されて、いぶかしげに見つめられる。
困らせたいわけじゃない。気づいてほしいだけだった。あのころよりも広がった身長差を埋めるように、ネクタイを小さく引っ張って踵を浮かせる。
まるで中学生が交わすようなぎこちないキスをした。これが「何が言いたい?」の私の答えだ。
彼は少し驚いたように、しかし納得したように小さく笑うと「わかった」と言った。続けて、「シャワー浴びてくるから」とも言った。
私から離れてバスルームに行こうとする彼の腕を取って、止めた。しがみついたというのが正しい。振り向かれたのがわかったが、顔は見れない。
これも相変わらず、自分から誘うのは慣れなく恥ずかしいことだった。
「・・・いいのそのままで。・・・、早くしたいの」
そのたびに寿命が縮まるような思いをするのだが、効果は覿面だった。それを知っているから恥をさらしてでも言いたくなる。
トン、と冷たい壁際に背中をつかされて一気に顔の距離が縮まる。顎に手をかけられて唇が重なる。
さっきまで我慢していた「いろいろ」が溢れだすのがわかった。
「かわいいわがままだな」
そう言った彼の声は楽しげだった。純粋ではなく、不純な意味で。
・・・
自分に負荷をかけてストイックになることは得意だった。
普通は挫折するような目標も、俺にとってはこなすことは簡単だった。それは習慣になり、苦ではない。
だから毎朝同じ時間に起きるし、たまった疲労で体を壊すことなんてなかった。
そうやってしっかり体を作って模範的な生活を意識しているからかどうかはわからないが、いつどこでもそういうスイッチは入るようになっていた。
もちろん気分が乗らない日もある。けれど「疲れているから今日はパス」なんて、俺には無縁だった。
だからこそ今この瞬間、こうしてこんな場所で馨は俺に身を任せている。「早くしたい」なんて、本当にかわいいわがままだ。
思わず口元が緩むのを感じながら、華奢な身体を抱きしめたまま手袋を外す。
好きな女を抱くのは本当に楽しい。飽きたことなんて一度もない。
周りからしたらそれは「異常」らしいがそんなことは関係ない。普通じゃなきゃいけないなんて誰が決めた?
少し強引に服の裾から手を入れると、馨はわざとらしく嫌がった。
そういうところがかわいくてたまらない。同時に意地悪な気持ちも芽生える。優しいだけではいられなかった。
「やだ、だめ」
恍惚とした表情ととろけそうな甘い声。
ぞくぞくする。やめられない。
ふと目が合う。
当たり前のように顔を近づけた。
今何時だろう。
立て込んだ仕事があったような。
どうでもいい。
どうでもよくないが、今の俺には馨以外のことが考えられなかった。
2013/01/08
体力があるときに続きが書けたらと思います。すごいタイトル。