毎年のこと



明彦が妙にかしこまった顔をして帰ってきた。
もともとかしこまった表情をすることが多い彼だが、微妙な表情の変化くらいは一瞬でわかる。
それを見て、ああ、今日だったと気づく。毎年のことだ。

「誕生日おめでとう」

3月のはじめ、玄関のドアの開閉を最小限に抑えながら彼を迎える。
一緒に入ってきた外気は氷のように冷たかった。
どうせなら、もっとあたたかくなったころに生まれたかったものだと、これも毎年思う。

「ありがとう」

礼を言って、プレゼントを受け取った。
高級感のある小さな紙袋。海外ブランドのロゴが入っている。

それを見て、困ったように馨は微笑んだ。

「もう誕生日が嬉しい年齢じゃないわ」
「何言ってる。毎年のことだろ」

毎年のこと。
その言葉に、今までのことが走馬灯のように脳裏によぎる。
こうして毎年祝ってくれるのは、素直に嬉しい。
平凡だけど幸せな生活に、ほんの少しの彩りを加えてくれるイベント。

けれど、そろそろいいんじゃないか。そう思った。誕生日が嬉しい年齢じゃないのは事実だし、義務的な気がしたから。
なのに、正面から突っぱねられた。夫婦の義務でも責務でもなく、きっと彼は当然のように毎年同じことを繰り返している。
わかっている。彼はこういう人なんだと。・・・わかっていたことなのに、何をいまさら。

「そうね。毎年のこと」

さっきと同じように微笑んでつぶやく。
彼は視線で答えて、コートを脱いた。
そのコートと重そうな鞄を、まるで出勤前のようなすがすがしさで携えて、
寝室に消えていく彼の背中を眺めながら、少し昔に思いを馳せる。

胸の奥がじんわりして、涙が出そうになった。
プレゼントを持ったまま、彼をゆっくり追いかける。
誰もいなかった寝室は、暗く冷たい。
それでもいい。はやく抱きしめてほしい。大好き。

きっと彼は、ぎこちなく笑ってくれるだろう。

2014/03/05
明彦さんはほんとうにすてきだと思う。
うちの女主ちゃんの誕生日は3月6日です。