01 槇村馨の一日
目覚めはいい方だと思う。
ケータイのアラームが鳴る前に意識がはっきりする。だから、アラームは保険のようなものだった。
「今日はうんと寝坊しよう」と決めた日でも、どういうわけか目が覚めてしまう。
習慣とは恐ろしいものだ。
平日は制服に、休日は私服に着替える。
メイクは全くしないときもあるし、まちまちだ。
ゆかりと新しい化粧品を選ぶのが、最近楽しい。ポーチの中を見て、ひとり嬉しくなる。
この色だったら、先輩気づいてくれるかなあ。
リキッドよりパウダーの方が、先輩がもっと触ってくれるかなあ。
なんて、化粧品を選ぶ基準が「先輩」になっているのは、ゆかりには内緒。
小さなドレッサーの前で、髪を結う。
周りからは、よく「セットするの大変そう」と言われるけど、そんなことはない。
もともと癖毛なのもあって、高い位置でまとめてほどよく散らせば出来上がる。
こうして毎朝、鏡の前で髪をアップにすると、気持ちがリセットされる。
よし、今日も頑張ろう。儀式のようなものだった。
部屋を出て、人の気配を感じてほっとする。足音だったり、下から聞こえる会話だったり。
誰にも会わずに寮を出ることも多いけど、寮生の自室から何かしら物音が聞こえる。
変だろうか、それを聞くと安心する。今日も、みんな元気だなって。
高校生に限らず、学生の毎日は単調だ。
けど、なぜだろう。転校してきてから、同じ日なんて二度とない。
毎日が、新鮮だった。
「あ、馨ーおはよ!」
「理緒!あ、昨日うまくいった?!」
「なになに、なんの話?」
ゆかりも交えて、登校時のガールズトーク。
授業が始まれば勉強に集中する。昔から成績は悪くなかった。
だから、新しいことを学んで知識が増えるのは、単純に楽しかった。
このまま大学に行こうか、就職か。学費どうしよう、やっぱり奨学金かな。そんなことを悩む日々が多かった。
「槇村、ちょっといいか」
「美鶴先輩!どうしたんですか?」
「ああ、・・・今夜の探索についてだ」
授業の合間の小休憩、突然の生徒会長の登場に教室内はざわついた。
その存在だけで、周囲を圧倒できる。そんな人、私は初めて出会った。やっぱりすごい、美鶴先輩は。
「というわけだ。よろしく頼むよ」
「お任せください!」
「ありがとう。・・・それと、」
「はい」
「・・・放課後、予定は?」
「んー、未定です!」
「そうか。なら・・・あそこに行きたいんだが」
美鶴先輩は、少し恥ずかしそうに目を伏せた。
かわいい。なんてかわいいの、この人は。
思わず抱きしめたくなったが、ぐっとこらえる。
「あそこ、ですね!」
「ああ。・・・あそこだ」
「わかりました、放課後までにおなかすかせておきます」
笑顔でガッツポーズをとると、美鶴先輩は嬉しそうに頷いて、3年生の教室へ戻っていった。
「馨さん、あそこ、とはどこですか?」
いつの間にか、アイギスが背後にぴったりくっついていた。
「ふふ、ひみつー」
「馨さんに隠し事をされました。順平さん、私はどうしたらいいんでしょう」
「えっ?あー・・・アイちゃんも、俺っちとヒミツのお話する?」
「お断りであります」
明日は生徒会。小田桐くんに書類の書き方を教えてもらう予定。
明後日は料理部。だから、明日生徒会のあとに風花と買い出しに行く。
その次の日は同好会。ベベが好きな日本の文化を私も勉強しておかないと。
そしてもうすぐ、満月だ。気合を入れ直して影時間に臨まないといけない。
一日が終わってベッドに倒れ込む。
決まって頭をよぎるのは、今後の予定。
そうしているうちに、眠りについてしまうのだ。
今日、楽しかった出来事を思い返す暇もなく。
毎日毎日、目まぐるしくすぎていく。
不思議と慢性的な疲労感はない。これが若さなんだろうか。
もちろん楽しいことばかりじゃない。
痛い思いもする。つらい目にだって遭う。
思わず言ってしまった言葉に後悔する日だってある。
それでもやっぱり、こう思うのだ。
今日も楽しかったなあって。
どんな予定も、必ず誰かが関わっている。私以外の、誰か。
私以外の誰かが、私と同じ時間を過ごしてくれる。それはかけがえのない、宝物だった。
そしてどんな日でも、必ず、私は心のどこかで真田先輩のことを想っている。
2017/04/09
不思議と10代ってどんなに忙しくても疲れない。