sing a song
日が高く昇ってきた。久しぶりに外は晴れているようだ。
テスト前、日曜日、昼時。部屋へこもっていた各人は必然的に次々ラウンジに降りてきた。
「あ、あれ?ゆかりっちじゃん。今日は出かけねーの?」
「さすがに今回はしっかり勉強しなきゃねー・・・と思って」
「オレよりずっといいんだから、そんな気張んなくてもよくね?」
一番乗りだった順平とゆかりは階段でばったり会い、流れで一緒に降りてきた。
すると。
「あ、馨」
馨は一人きりのラウンジで、テレビをつけっぱなしにしてソファに座っていた。
手元には、「一応」という名目であろう教科書とノートが広げられている。
ゆかりと順平が馨に声をかけようとしたとき、ぞろぞろと全員が階段までやってきた。
「・・・さすがに腹が減ったな」
「あ、真田さん・・・僕もです」
「ワン!」
「あ、みなさん。・・・そうですね、根詰めすぎるのもよくないですよね」
「勉強するにはお腹を満たす必要がありますね」
「ア、アイちゃんは食べなくてもいいだろ?」
「なんだ、みんなこんなところに集まって」
「ったく、後ろが詰まってるぞ。さっさと降りろ。・・・メシ作ってやるから」
こうして休日の昼間に全員が集まることは珍しい。
昼食をとるためにやってきた面々で、ラウンジは一気に賑やかになった。
荒垣と風花がキッチンで準備をしている。その他はそれを待って時間を持て余している。
「あーっ、つかれたー。つかれたよー」
「うっさいなあ・・・疲れるほど勉強したわけー?」
「あ、ゆかりっちそれひどくね?!オレだって本気出すっつの」
「――あ!はじまった」
それまで教科書に目をやっていた馨が、ふと顔をあげてテレビに目を移した。
つられて他の面々もテレビを見る。
>あなたの〜テレビに〜時価ネットたなか〜
み・ん・な・の、よくのとも〜
「あー、そういや今日通販か」
「見るの忘れちゃうんだよねー」
「今日はなんだろ――・・・・」
突然始まった通販番組。
ゆかりと順平は当然の反応を示した。
ああ、そういや今日だっけ、と。
突然、馨が歌いだした。口ずさむような、小さな声だった。
しかしその歌声に、ラウンジは一気に静まり返る。
馨の声と、テレビの音声だけがやたら響き渡る。
「あなたの〜テレビに〜じかねっとたなかーー」
「――・・・・」
「・・・」
テレビで印象に残る歌をついつい口ずさんでしまうのはよくあること。
しかし一同は驚愕した。馨の歌は、ひたすら流れている軽快な音楽の音程と天と地ほどの差があったから。
馨は気分よく歌い続けている。・・・嬉しそうだ。
「・・・か、かおる〜」
「ん?なーに」
ゆかりが沈黙を破った。馨は歌うのをやめてゆかりに笑顔で返事をした。
「あんた、音痴なんだね」
(・・・・・!!)
(ゆ・・・ゆかりっち・・・・!!)
(ゆかり・・・それはちょっと直球すぎないか・・・)
ゆかり以外は顔を見合わせた。
しかし。
「ひどーいゆかり!あ、でも、この歌は得意なのー!」
「と、得意って、どこがよ・・・。まったく馨って意味わかんない」
馨は何でもないようにゆかりと笑っていた。
一方、キッチン・・・。
「・・・」
「せ、先輩。お料理冷めちゃいます」
「あ、ああ」
「行きづらい空気ですけど・・・ここは気づかないふりして行きましょう」
「そうだな」
「それにしても・・・なんでもできる馨ちゃんの弱点、意外ですね」
「あの音程の外れ方は・・・斬新だな」
荒垣と風花にも、しっかり聞こえていた。
沈黙は破られたものの、なんだか妙な空気が流れている。
まだ番組は続いていて、BGMは先ほどの曲がエンドレス。つまり馨の鼻歌もエンドレス。
「・・・えーっと」
「・・・」
笑い飛ばせばそれで終わりになるのだが、そういうレベルじゃなかった。
本気で心配してしまうほどの音痴っぷりだった。だからこそみんな口をひらけない。
「いいじゃないか」
いつもの口調で口を開いたのは真田。
「そういうところもいいじゃないか。俺にはかわいく思えるぞ」
顔色一つ変えずにさらりと言い切った。恥じらいもためらいも一切ない。
「もう、先輩までひどいですよ」
「なんだ、別にけなしてないぞ。おまえはなにをしてもかわいいって褒めたんだ」
違う意味の妙な空気が流れた。さっきよりも、いたたまれない。そんな感じ。
「先輩は馨ならなんでもいいんですか?」
再びゆかりが呆れたようにそう言った。順平の命名した「空気詠み人知らず」は健在だ。
これがいつも通り。
いつも通りの、寮生活。
「荒垣先輩、チャーハンがしんなりしてきちゃいました・・・」
「わ、わかってる」
「真田先輩って、ああいう人でしたっけ・・・?」
「オレの知ってるアキじゃねえな・・・」
両手に冷め始めた料理を持った二人は、なかなかラウンジに顔を出せずにいた。
これがいつもの日曜日。