LOVE LOVE LOVE


「私の一番の大切は、あなたのそばにいることであります」
これはもはやアイギスの口癖と言ってもいい。
彼女が仲間に加わった直後から、馨のそばには常にアイギスがいた。

・・・

放課後、部活を終え帰ろうとしていた。
練習後に部室のシャワーを浴びたのに、また汗がにじんできた。
・・・あつい。夏はこれが困る。玄関を出ると、偶然にも前の方に馨たちがいた。

順平とアイギスと馨。3人は並んで歩いている。しかし間隔がおかしい。
アイギスが真ん中にいるが、馨とはぴったりくっついているが順平とは離れている。
いや、順平が離れていると言った方がしっくりくるのか。
――まただ。
なんだかイライラする。最近このイライラが多くて困っている。

「・・・」
表情に気を遣いながら、3人に合流した。
「あれっ、真田さん」
「よう」
「部活帰りっすか?」
「まあな。おまえらもこんな遅くまで珍しいじゃないか」
「あー、いや」

話している相手は順平だが、そのまま馨の右隣にならんだ。
順平、アイギス、馨、俺、という並びになった。4列というのはかなり広がってしまうが、やむを得ない。
アイギスは相変わらず馨にくっついている。よく見ると、さりげなく腕を組んでいる。
「・・・」
順平はああ見えて勘がいいし、下手に気を遣う。
多分俺はわかりやすすぎたのかもしれない。自分では意識しなかったが、思いっきり眉間にしわがよっていた。
「あー、えと、真田サン、今度あのー」
「アイギス。おまえ馨にべったりしすぎじゃないか」
馨を挟んでアイギスにそう言った。
いつの間にか俺の後ろについていた順平が、「あちゃー」と小声で言ったのが聞こえた。
「?、そうですか?」
「今は真夏だぞ。馨の迷惑も考えろ」
「夏だと迷惑なのですか?」
「暑苦しいだろうが」
アイギスとの会話は要領を得ない。特に理詰めでしか会話できない俺にとってそれは苦痛だった。
「馨さん、私、暑苦しいですか?」
「え、そんなことないよ」
暑苦しいかと聞かれて、たとえそうだとしても、うん、なんて言えるわけない。
そんなの常識人として当たり前だ。しかしアイギスにそんな細かいニュアンスはわからない。
馨の表情からもなにも読み取れない。

「よかった。・・・真田さん、問題ないそうです」
「・・・」
「私の一番の大切は、馨さんのそばにいることですから」
アイギスは微笑んで、より力強く馨と腕を組んだ。
何も言い返す言葉がなかった。

・・・

その夜。
風呂に入ってもなんだか落ち着かず、走りに行くことにした。
まだ影時間までは時間がある。
「・・・なにしてんだ、俺は」
部屋を出て鍵を閉めながら、一人でそうつぶやいていた。

夕方寮に着いて部屋に戻るとき、順平は俺を引き留めた。
「気持ちわかりますけど、アイちゃん、悪気ないっすからね」

そんなことはわかってる。いやというほどわかってる。
というか、「気持ちわかります」ってなんだ。順平には俺の気持ちがばれてるってことか?
こんな風にぐだぐだ悩むのは俺らしくない。
どうしたっていうんだ。馨と付き合うようになってから、そういうのが多い。
いつのまに、こんなに好きになったんだろう。

「・・・先輩?」
聞きなれた声。
驚いて振り向くと馨がいた。まだ制服姿のままだ。
「・・・どうした、こんな時間に」
「なんだか先輩に会いたくて」
馨は小さく笑って俺を見上げた。卑怯なタイミングだ。

「帰るとき、なんだか怒ってたみたいだったから」
「・・・」
順平にも馨にも心配されている。ほんとうに、俺らしくない。
まっすぐ馨の顔が見られない。
基本的に男子しかいない2階の廊下はいつも静かだ。いまはその静けさが痛い。

「別に、怒ってはいない」
「そうですか」
「――少しアイギスに妬いただけだ」

笑い話だ。女に、しかも機械に妬けただなんて。
私の一番の大切は、馨さんのそばにいることであります。
そのセリフ、そっくりそのままアイギスに言ってやりたい。
恥ずかしくて顔は真っ赤だ。馨の反応を待った。

「・・・や、焼いた?」
「・・・」
「まさか先輩、アイギスに根性焼きを」

なんでだ。なんでそうなる?
馨は人のことには敏感なくせに、自分の価値を全く認識していない。
俺がやきもちをやいたなんて思ってもみないことなのだろう。

「バカ!ちがう!」
たまらなくなって、馨を強引に抱き寄せた。本当なら、いつでもこうして腕の中にいてほしい。
誰にも触れられないように。その気持ちは思いのほか強かった。
しかしそんなことはありえないし、馨の自由を奪うだけだ。わかっているから悩んでんだ。
いつの間にか抱きしめる腕に力が入っていた。馨が細い腕でそれに答えた。
確かなその感触に、言いようのない愛情があふれてくる。それを抑えるように、小さくため息をついた。

「・・・俺はもう少し大人になる」
「え?」
「心の広い男になる」
「・・・はあ」
「だが・・・」
「はい」
「アイギスはいい。だが男は近づけるな」
「は?」
「言葉の通りだ。気をつけろよ」
ライバルは周りの男すべてだ。気を引き締めてかからないといけない。

それ以降、馨にべったりのアイギスを目の当たりにしても平気になった。
第一関門クリアだ。だが、次の試練はすぐにやってきた。

・・・

馨の教室の前を通り、それとなく彼女を探していたら、こんな光景を見た。

「かーおる!」
「きゃ!」
「なにぼーっとしてんの、はやくかえろー!」
「ゆかりかぁー。びっくりした」
岳羽が後ろから馨に抱きついていた。それは女友達同士がかわすほほえましいスキンシップのはず。
だが実際心中穏やかではいられなかった。
「てか馨ってやっぱスタイルいいよねー。あたしよりウエスト細いもん!あ、でも胸は勝ったな」
「ちょ、く、くすぐったい!」
「あ、もしかして馨弱いー?それっ」
「きゃー!」

「・・・・・」
うらやましい。そんなことを思ったが、すぐに自分を戒めた。

別の日、馨を迎えに生徒会室へ行った時のこと。部活が終わる時間と一緒なので、一緒に帰ることにしている。
こんな光景を見た。
生徒会室の前で、馨と男子生徒が話している。あれは生徒会役員だろう。

「今日もありがとう。おかげで作業がはかどったよ」
「ううん!今日も楽しかった、ありがと小田桐くん」
「楽しかった・・・か。君にそういってもらえると、僕も嬉しい。仕事のし甲斐があるというものだ。
あと、しつこいようだが例の教師には気を付けてな」
「うん、一応気を付けてる。よくわかんないけど」
「わからなくていい。いや、知らない方がいい。僕に任せておいてくれ。・・・気を付けて帰れよ」

本気かどうかぐらい目を見れば、顔を見ればわかる。
真剣勝負のボクシングを続ける上でそういう目が養われた気がする。
・・・彼の馨を見る目は俺と同じだった。

さらに別の日、馨が例の留学生と一緒にいるところを見た。たしかベベといったな。
「馨殿、もう暗いから気を付けて帰ってネ!」
「うん、ありがと!」
どうやら同好会の帰りのようだ。
「また明日でゴザル。馨殿、愛シテマス!」
べべは馨を軽く抱きしめて、頬を合わせた。

「・・・・・!!」

言葉が出なかった。彼ら、いや彼にとってはあれは当たり前の挨拶だ。
そ、そんなことはわかっている。わかっていても、どういうわけか拳に力が入った。


想像よりもずっと厳しい戦いになりそうだ。
しかし負けるわけにはいかない。
馨をやすやすと、渡すわけにはいかないのだ。

2011/08/22