恋の始まり
始まったばかり。
これからも、ずっと続きますように。
「そうだ、たまにはメシでも食うか?月曜と金曜は部活がないんだ。暇だったら声をかけてくれ」
思えば真田先輩と一緒に過ごし始めたのはこのころからだった。
先輩も、ほんの軽い気持ちだったんだと思う。一緒に戦う上で、お互いをよく知ることは必要だと私も思っていた。
でも、仲良くなるにつれて、よくばりになってきた自分を自覚した。
知るたびに、もっと知りたくなった。もっと、知ってほしかった。
そして
つきあうことになった。
その時はいっぱいいっぱいで、よく覚えていない。ちょっと、もったいない。
――月曜日の放課後。沙織もベベも、いなくなってしまった。
さみしくないといったらうそになるけど、彼らにとっては前向きな旅立ちだから
応援していたい。
気づくと足はまっすぐ実習棟の1階へ向かっていた。
「・・・槇村」
先輩は私に気が付くと、少しだけ動揺したように――
口元を緩めた。
先輩は一緒にいたクラスメイトと別れて、私のところへ来てくれた。
毎度のことだけど、周囲の視線が痛い。特に女子。
そんな私を気遣ってか、先輩はわざわざ人気のない廊下の隅に場所を移動してくれた。
こういうとおかしいけど、真田先輩と二人でいるってことは、リスクがある。
「・・・今日は暇なのか?」
「はい」
「そうか」
この間のことがなんだか照れくさくて
まともに顔が見れない。
それは先輩も同じようでなんだかぎこちない空気が流れた。
「今日は・・・先輩と一緒に過ごしたくて」
それでも本当の気持ちを言った。伝えたいことは口に出さないとわからない。
「・・・そうか」
「はい」
「おまえさえよければ・・・なんだが」
「?はい」
「その、俺の部屋に来ないか?」
先輩はいつも涼しい顔をしているくせにものすごく照れ屋だってことは知ってる。
・・・すぐ顔が赤くなる。
「渡したいものがあるんだ」
いやだ、なんて、言えると思いますか?
・・・
「もうすっかり涼しくなったな」
校門を出たところで、先輩は空を見上げてそうつぶやいた。
涼しい、ていうか、寒い、が正解だと思うけど。
周りには、下校途中のたくさんの月高生。
やっぱり、真田先輩と一緒に帰るとなると、それだけで周りはそっとしておいてはくれない。
まあ、さすがに慣れてきたけど。
手をつないで
帰ってみたいな。
ちょうど進行方向に、月高生のカップルがいたから。彼らは手をつないで歩いていた。
そういうのが、気兼ねなくできる日って、くるのかな。
・・・
日が暮れるころ、寮に着いた。
「あれ?馨ッチ!どしたのこんなに早く帰ってくるなんて、超めずらしー」
ラウンジには、順平と美鶴先輩がいた。
私が寮に帰ってくるのは決まって夜。夕方に帰るなんてことはめったにない。
部活に生徒会に同好会に、交流に。やることはたくさんあるから。
「・・・えーと、ちょっとね。ていうか私だってたまには何もないときだってあるよ」
自分でもよくわからない言い訳。でも順平は深く追及してこなかった。私と真田先輩が一緒に帰ってきたことも。
2階は男子の部屋がある。といっても、この寮の男子は現在3人しかいない。
荒垣先輩の部屋は、そのまま残してある。――いつ戻ってきても、いいように。
順平は下にいるし、別に何を警戒するわけでもないんだけど。
やっぱり先輩の部屋に入るのは緊張した。思えば、初めて入る。
部屋の作りはやっぱり同じだったけど、住む人が違うと全然別の部屋に見える。
練習用のサンドバッグに、たくさんのグローブ、その他トレーニング機器・・・が、所狭しと並べられていた。
「ええと・・・」
「・・・」
「な、なにか飲むか」
「あ、はい」
先輩はどこかせわしない。
小さな冷蔵庫を開けて、私を振り返った。その表情は少し曇っている。
「すまない」
「え」
「とてもおまえに出せるものじゃない」
後ろから冷蔵庫を覗き込むと、
入っていたのは、スポーツドリンク、水のペットボトル、たくさんのプロテイン、栄養ドリンク・・・。
「すまない。なにか、気の利いたものを用意しておくべきだったな・・・」
先輩は冷蔵庫を静かにしめて再び謝った。
「いいですよ。なんか先輩らしくて楽しいです」
少しだけ、緊張が解けた。
先輩が私に渡したいもの、は、うさぎの編みぐるみだった。・・・かわいい。
変な緊張の中、幸せな時間が過ぎていく。隣にいられることが心地いい。
「もう、こんな時間か・・・」
ふと時計を見ると、夜の10時を回っていた。
「ほんとだ・・・あっという間ですね」
部屋に戻らなければならない。それは強制ではないけど、当然の流れだった。
「あ、じゃあ・・・えと、お邪魔しました」
「ああ。――気を付けて帰れ、というのも変だな」
私の部屋までは徒歩30秒くらい。廊下を歩いて階段を下りて、すぐそこだ。
「見つからないように、気を付けますね」
「・・・そうだな」
先輩の部屋から私が出てきたら、確かにそれはなんとなくまずい。
どうにでも言い訳できるけど、できればそっとしておいてほしい。
ドアノブに手をかけた。
しかしなかなか開けられない。本音を言うと、このままここにいたい。
そうして止まったまま、じっとしてた。
はやく、行かなきゃ――。
「・・・!」
抱きしめられた。後ろから。
こういう不意のパターンが多くて、いつも困る。
心の準備ができない。
「行かないのか」
「行けないんです」
「・・・そうか」
私の耳元で、すぐそばで、先輩の声が響いた。
2011/08/22
星コミュMAX。先輩、いきなり部屋に連れ込むなんて・・・と思いましたが、荒垣さんのほうがアレだったので許容範囲。