ハニーハニー


自分が変わる実感があった。
変えられているのか、変わっているのか。
どちらにしても、それは幸福な変化だった。



「・・・」
雑踏の中、足を止めて小さく息をつく。
ポロニアンモールで買う気にはなれなかった。あそこは結構、月高生が多い。
出来るだけ見つかりたくない。その思いから、わざわざ隣町まで電車で来たというわけだ。
休日は、いつもなら追加メニューを組んだトレーニングをしている。
それを放り出してきた。理由は簡単だ。それがトレーニングよりも大切なことだからだ。

(やっぱり・・・こういう店に男一人というのは・・・気が引けるな)

休日、駅前のショッピングタウンはたくさんの人でにぎわっている。
12月ということもあって、どこもかしこもクリスマスフェアだ。軒先の木にまでイルミネーションが施してある。
本来ならばスポーツショップに直行して新しいウェアを選びたいところだ。
だが今日はそんなことをしに来たんじゃない。

俺がいるのは4階、レディスフロア・・・。
どこもかしこも女だらけだ。ついでに店もやたらキラキラしている。
・・・岳羽が好きそうな丈の短いスカートがたくさん売っている。

「・・・」
居心地が悪い。すぐさま踵を翻してエスカレーターに乗りたい。しかしそれでは負けたことになる。敵前逃亡は士道不覚悟だ。
岳羽にでもついてきてもらえばよかったか・・・。馨と一番仲がいいのは、あいつだし。
いや、ぜったいに茶化される。しかも、勝手に「これを買え」と決断されそうな気がする。
・・・。
じゅ、順平に聞くべきだったか・・・。いや、それはさらにダメだ。あいつのことだ、絶対に陥れられる気がする。
クリスマスに痛い失敗はしたくない。
どうにも落ち着かずに、フロアの端の店に逃げ込んだ。ここならば「キラキラ」度が多少低かったからだ。

「あ、やだこれ超かわいー!」
「ほんとだー!しかも安ーい!」
「ねえねえ、似合うかな?」
「うんうんかわいいよ!買っちゃえば?」

俺の後ろで盛り上がっていた女子高生らしき二人は、そんな会話をしながらレジへ向かっていった。
かわいい・・・か。一体彼女たちはどんなものをかわいい、と思うのか。気になり、同じものを手に取ってみた。
ハートの飾りがついたネックレス。・・・ほかにもたくさんあるが、どう見ても全部同じにしか見えない。値札を見てみた。
(・・・・・!!!?)
こ・・・・っ、こんなちゃちなものが、5000円もするのか?!
少し力を入れればすぐ粉々になりそうな、こんなものが・・・。
・・・。ため息をついてネックレスを棚に戻した。女は、金がかかる・・・。

その店を後にした。さすがに30分もいると慣れてくる。
ある店の前に飾られていた、オルゴールに目が留まった。
こういうのも、「かわいい」の範疇になるのだろうか?
立ち止まり、そっと開いてみた。きれいな音色がする。はかなげで、それでも力強い。そんな音だった。

「プレゼント・・・ですか?」
ふと声をかけられた。店員のようだ。一重が印象的な、線の細い若い女性だった。短い髪の毛がよく似合っている。
「あ、ああ・・・いや」
「ずいぶん熱心に選んでらっしゃったので・・・」

彼女はそう言って微笑んだ。そんな風に、見えていたのか・・・。

「こちらのオルゴール、一点ものなんですよ」
「一点もの?」
「はい。ウチはセレクトショップなので、そういうアイテムも多いです。
世界にたった一つしかない音色を、世界で一番大切な人に贈るって、すてきだと思いません?」
「・・・」
「ああ、それと、このオルゴール、もう一段階ふたがあるんです。ほら、こんな感じです。アクセサリー入れにもなるんですよ」
彼女はそう言いながら、慣れたようにふたを開けて見せた。たしかに、仕切りの入ったスペースには、小物が入りそうだ。

「ペアの指輪を入れたり、ピアスを入れたり。女性が大切にするものって、小さいものが多いですから」
「・・・」
「あ、ごめんなさい。一人で盛り上がっちゃって・・・」
「いや・・・ありがとう」
「え?」
「これをもらいたい」

そういうと、彼女は花が咲いたように笑った。

「ええと、ラッピングはどうなさいますか?」
近頃は、サービスで綺麗に包装までしてくれるらしい。それを彼女から聞き、驚いた。
「やっぱり今はクリスマスに合わせた柄が人気ですね。あとはこちらのスタンダードなものもありますよ」
思わず目移りするほどのレパートリー。しかし迷わず目的のサンプルに指をさした。

「じゃあ・・・これで」
「オレンジ・・・ですね。かしこまりました。・・・ふふ、オレンジ色が似合う彼女さん、すてきですね」
「・・・!」
「少々お待ちください。すぐにできます」

オレンジ色が似合う彼女さん、すてきですね。
他人に改めて「彼女」だと言われるのは初めてだった。それがなんだか、とても照れくさく感じた。

「お客様、お待たせしました。こちらです。確認していただけますか?」

オルゴールはしっかりと箱に入れられ、サンプル通りの鮮やかなオレンジ色で包装されていた。
大きなリボンが、「プレゼント」であることを大きく主張している。
そのプレゼントは透明な袋に覆われ、さらに店のロゴが入った丈夫そうな紙袋に入れられた。

「大変お待たせしました。こちらがお品物になります」
カウンター越しに、彼女は微笑んで紙袋を手渡した。
それを受け取る。この重みが、特別なものに思えた。

「・・・良いクリスマスになるといいですね。ぜひ、またいらしてください」
今度は、彼女さんと一緒に。
そう付け加えて、彼女は店先で一礼をした。


帰りの電車の中、慣れないことをしたせいでうたた寝をしてしまった。
紙袋を胸に抱える。

馨の喜ぶ顔が、目に浮かんだ。

2011/08/23
「毎年そこに入りそうなものを贈るから」。こんなキザすぎるセリフを思いつく真田先輩がすきです。