幸運な災難


「なあー、ゆかりッチー・・・」
「な、なによ順平」
「お願い・・・物理の課題見せて」
「またあ!?あんたねー、前日に慌てるのやめなよ!」
「しょーがねーじゃん、オレ物理ダメ」
「この前は数学がダメじゃなかった?」

1階ラウンジ。
部屋で一人ではさみしいとき、することがないとき、はたまたタルタロスへ向かうとき。
だいだい誰かがこのラウンジにいる。

「もー、あたしだってまだ全部やってないよ。馨に頼んだら?」
「いやー、さすがに馨ッチに頼りすぎんのもよくないかなーみたいな」
「あたしはいいってワケ!?」
「いや、そーいうわけじゃ・・・」

「二人とも・・・声のボリュームを下げろ」
ソファで何やら書類を眺めていた美鶴が呆れたように二人を振り返った。

「あ・・・すみません」
「伊織・・・学生の本分は学問だぞ」
「んー、わかってるんですけどね」
「槇村は教えるのもうまいからな。ここはひとつ彼女を頼ってみろ」
「あれ、そういえば馨、今日は部屋にこもりきりですね。ラウンジに顔出さないなんて珍しい」
「そういえば真田サンも部屋っすね」
「テストが近いからな・・・二人も見習えよ」
「はーい・・・」


一方、3階廊下――
3階は女子の部屋のみである。そんな「禁断の階」に、男が一人・・・

(たしか槇村の部屋は一番奥だったな)
槇村が突然、プロテインがほしいと言い出した。
最近は朝の走り込みに槇村も参加している。
あいつも体作りに本気になったか。仲間が増えるのは俺としては嬉しい限りだ。
ところがプロテインを持ってラウンジに戻るとあいつはいない。
美鶴に聞いたら部屋に戻ったそうだ。

そこで仕方なく、こうして滅多に来ることのない3階へ来たというわけだ。
階のつくりは同じなのだが、何かこう、空気が違う。
正直いたたまれないのは気のせいか。とっととこれを渡して部屋に戻ろう。
槇村の部屋のドアをノックしようとしたその時だった。


「きゃあああああああああ!!!」


部屋の中からとんでもない叫び声。
・・・たぶんラウンジにも届いただろう。
尋常ではない声のボリュームに動揺して、プロテインを放り出してドアノブに手をかけた。
なぜか鍵は開いている。つまりドアは勢いよく開いた。
「どうした槇村!?」
そこで俺が見たのは。

「!!せ、先輩!ご、ごごごゴキブリが!!!!!」

下着姿のまま、部屋の隅で丸くなる槇村の姿があった。
「なっ、お、おまえ、服、服はどうした!」
「き、着替えてたんです!それより早く、早くアレを〜!!!」
槇村の指差す方向には、確かに「アレ」の姿が。
とにかく手元にあった雑誌とティッシュで手早く処理した。
ボクシングで鍛えられたのは、拳の力だけではないことがここで証明された。
咄嗟とはいえ・・・、この雑誌は廃棄だな。表紙を見ると今月号だ。すまん、槇村。
non-non、定価600円・・・後で払うからな。

「・・・ったく、ほら!」
来ていたパーカーを脱ぎ、目をそらしつつ、へこたれている槇村の肩に羽織らせた。
正直に言おう、俺は情けなく、動揺していた。
嫌でも目が行ってしまう胸元とか
予想以上に真っ白な肌とか
すべてに動揺していた。

「――馨!?なに今の声・・・」
部屋のドアは開けっ放し。部屋の隅で、下着のまま涙ぐむ槇村と
すぐそばで膝立ちの俺。
状況は最悪だ。岳羽に続き、順平が部屋に入ってくる。
「え・・・・え?」
「さ・・・真田サン」
「・・・違う誤解だ。な、槇村」
弁解は束の間。最後に入ってきた美鶴が鬼の形相で俺を見下ろす。
「・・・明彦」
「なんだその目は!俺が夜這いを仕掛けるような男に見えるか!?」
「・・・」
言い訳は通用しそうにない。それがわかりきってしまうのが悔しい。
「問答無用!!処刑する!!」

美鶴とは長い付き合いだ。だからよくわかる。
美鶴の「処刑」・・・「氷漬け」は
とてもおそろしいのだ。

2011/08/08(11/12加筆修正)
先輩は硬派に見えてムッツリだと思うのはゲームでも垣間見える、そこがすき。 実在する雑誌名をそのまま使うのもどうかと思ったので一文字加えてnon-non。細かすぎる。