山田の恋愛 03


昨日は、衝撃的な日でした。
槇村先輩と大接近できたと思ったら、本人の口から直接ダメージを食らったり・・・。
自分、ちょっとへこんでます。恋愛って喜怒哀楽が激しいもんなんすね。

放課後、今日は部活の日っす。部室へ向かう途中のことでした。
中庭から、口論するような話声が。体が自然に声のする方へ。木の陰に隠れて、様子をうかがう。
「・・・!!」

ま、槇村先輩!が、上級生らしき女子生徒2人と話している・・・というより壁際に追い詰めらて、
何やら非難されている様子。しゅ、修羅場ってやつっすか?!
ん?よく見ると、あの二人は昨日の委員会で、槇村先輩の悪口を言っていた人たち・・・。
聞き耳をすませてみる。

「生意気だと思わない?一人で調子こいて真田君に近づくとか」
「ファンクラブなめてんでしょ、あんた」
「・・・」

こ、これは・・・かなり、やばい雰囲気のような・・・。
槇村先輩は何も言わず、ただ2人をにらみつけていた。それが彼女たちの逆鱗に触れたようで。

「この・・・っ、なんとか言えよ!」
右側にいた女子が、手を大きく振り上げた。
・・・危ない!!

「・・・、!?」
「な・・・」

最近、「気づいたら」っていうパターンが多いっす。恋の力ってすごい。
カバンも新調したグローブも放り投げて、気づいたら両者の間に入っていた。
女子生徒が振り上げた細い手を、最頂点でつかんで止めた。
反射神経とか動体視力とか、ボクシングやってていいことって結構多い。

「ちょ、・・・え!?何あんた」
「痛いってば!離せよ!」
「この手を離したら、また槇村先輩をぶつでしょう!」
「関係ないじゃん!どいて!」
槇村先輩を背にして、必死だった。

ふと、肩に手を置かれた。後ろにいた槇村先輩だった。
――その手には、無意識なのだろう、力がこもっていた。男のオレでも、「痛い」と感じるほど。
そのまま槇村先輩はオレの前に出た。すると、突然「パン」という甲高い乾いた音が、2つ。

「・・・!!」
「い・・・ったあい!!」
女子2人の頬は、赤くなっている。槇村先輩は殴った右手を小さく振りながら、
「お返し、です」
その声は低かった。2人は硬直している。

「先輩たち、自分より私が下だと思ってるからこんなことするんでしょ?
そんなに私が気に入らないなら、明彦に気持ちを伝えればいいじゃない。
それもしないで陰険なことやってるあんたらより私が下だなんてありえない」

沈黙が流れた。オレも含めて、全員固まっている。
「・・・覚えてろよ!」
2人はお決まりのセリフを言い残して、走り去った。
ゆっくりと、槇村先輩を振り向いた。
目が合うと、先ほどの凄味はどこへやら――恥ずかしそうに、笑っていた。

「ありがとう」

それが第一声だった。
「え」
「助けてくれて。嬉しかったよ」

おそらく、オレが割って入らなくても、槇村先輩はああしていたと思う。
だから、オレのしたことはおせっかいとしか言いようがない。
なのに、こんな風に、素直に気持ちを言ってもらえることが嬉しい。
多分、こういうところも、好きになっていた。

「いえ・・・」
「でも、恥ずかしいところ見られちゃったな」
「そんなことないです!槇村先輩、かっこよかったっす」
「ほんと?」
「あの平手打ち、キレがあってなかなかでした」

言うしかない。ここで言うしかない。覚悟を決めた。

「――オレ、槇村先輩が好きです!」

拳にはいつも以上に力が入っていた。そして顔は、熱かった。



一目ぼれだった。見た目、とかだけじゃない。
最初の委員会の日のこと。図書室に行くついでに職員室へ寄るつもりだった。
クラス全員分の現国のノートを、鳥海先生に届けるためだ。
前の席にいたオレがたまたまご指名されてしまった。

メイン鞄、部活バッグ、熱いから脱いだかさばる上着、さらに40人分のノート、となると
バランスがかなりやばい。慎重に階段を下りているときだった。
――やってしまった。ノートはバラバラに落ちて行った。
最悪だ。周囲にはタイミング悪く上級生ばかりのようで、迷惑そうに落ちていくノートを避けていった。
複雑な気持ちのままノートを拾い集める。
すると。

一人の女子が、壁際まで飛んで行ったノートたちを素早く集めていた。
その動きがあんまり無駄がないものだから、つい言ってしまった。
「は、はやっ!」
聞こえていたようだ。彼女は集めたノートを胸に抱えたままこちらを振り向くと、にっこり笑った。
「はい!どうぞ」
「あ、す、すみません!」
「職員室すぐそこだから。ファイト!」

彼女はそう言うとすぐに、くるりと背中を向けて歩き始めた。
楽しそうに揺れるポニーテール。その後ろ姿がなかなか頭から、離れなかった。
あそこで「一緒に持っていこうか?」と言わなかった。
本音だと、それは言わないでくれてありがたかった。
わざわざそこまでされるなんて、恥ずかしいし、情けないから。
それは男のプライドだったり、周りの目だったり。いろいろくだらない見栄。
それを無意識にわかってくれたのか、たまたまなのか。
それが、槇村先輩との出会いで、オレの恋の始まりだった。


ついに言った。伝えた。「好きです」と。
返事を待った。顔は見れなかった。いや、「返事」なんて決まってる。
「山田くん」
ふと名前を呼ばれた。いつもの声で。

「ありがとね。・・・嬉しい」
誰にでも向ける笑顔、じゃなかった。
少しでも、こういう顔が見れた。それだけで、嬉しいかもしれない。

「でもごめんなさい。・・・さっきのでばれちゃったかもしれないけど、私は明彦が好きだから」

わかっていた。それはわかっていた。でも伝えた。
自分の気持ちを、自分の言葉で。
それは自分勝手なことなのかもしれない。
けれど、答えてくれた。真剣に。

「槇村先輩」
「・・・なあに?」
「これからも、仲良くしてくれますか?友達・・・として」
「――当たり前じゃない」
「・・・はい!」

・・・

結局部活に遅れてしまった。
一番早く来て、一番遅く帰る。これがオレのポリシーだったんすけど・・・。
少し緊張して練習場に入ると、そこにはいつも通りの光景。
皆熱中していて、オレが来たことには気づいていない。ふと、ドアのそばにいた真田先輩がオレに気付いた。

「主将!その、遅れて申し訳ありません」
「珍しいな、おまえが遅刻なんて。なにかあったか?」

ありました、いろんなことが。とても濃い数分が。

「――いえ、大丈夫です!もう吹っ切れました!」
それは本当だった。
その真意が先輩に伝わったかどうかはわからない。
けれど、

「そうか。じゃ、さっさとアップしてこい」

そう言った先輩は静かに目を閉じて、口元は微笑んでいた。

まだまだ高校生活は始まったばかりっす。

2011/08/26
オリキャラ山田くんのお話でした。