勝利の勲章


日曜日、夜のラウンジ。
帰宅した面々が顔をそろえている。

「あれ、今日ってさ、真田サン試合だっけ?」
「そっか、そういえば」

順平がソファに体を預けたまま、思い出したように言った。


もうすぐ、大事な試合があるんだ。
全国の強豪と戦うことになるからな、がぜん気合が入る。

そんなことを前に言っていた気がする。それが今日だったはずだ。

「うわー、全国、ってことは、すげえ大きい大会ってことか?」
「そうだな。まあ明彦のことだ。舞台が大きければ大きいほど負ける気がしないんじゃないか?」

美鶴はいつものように細かい字が印刷された書類に目を通しながらそう言った。


「言えてる・・・」
「無敗神話更新ってわけですね」
「でもさー、1回くらいボロボロに負かされた真田サンっつーのも見てみたい気はするよな」
「やだ、順平くん縁起でもないこと言わないでよ」
「ははは、じょーだんだって。そんなことあるわけ――」



噂をすればなんとやら。玄関のドアが開いた。
真田が帰ってきたようだ。


「あ、おかえりっす―!やっぱり、勝・・・」
「・・・!!」
「きゃあっ!」


順平は言葉に詰まり、風花は小さく悲鳴まで上げた。

「なんだ、おまえら。人を見るなりその態度は」

真田はいつもと変わらぬ様子で輪に入ってくる。

「せ、先輩・・・血が」
「何?・・・ああ、さっき止まったと思ったんだがな」

いつもの制服姿に、大きなバッグ。おそらくグローブなど部活必需品が入っている。
いつもと変わらないはずだった。しかし、その顔、特に左目は大きくはれ上がっていて血がにじんでいた。
口元にも切り傷がある。

「え、えと、とにかく救急箱を」
風花は青い顔で動き始めた。
他の者はただ真田の顔を凝視するしかできなかった。
見ているだけで痛々しい。

「平気だ。すぐ止まる」

「・・・ど、どうしたんすか?」
順平が恐る恐る口を開いた。

「ああ、試合でな」

いや、そんなことは分かっている。
無敵と言われた真田がここまでボロボロの顔になるなんて、いったい何があったのか。

「もしかして、負けたとか」
「バカ言うな!ま、顔はこのザマだが全戦勝利だ。さすがに強いやつが多くてな」

いつもの自信満々の笑みも、こうして見ると違和感がある。
・・・説得力がない。


「にしても・・・ハハ、イケメンが台無しじゃないっすか」
順平はいつものように笑って見せた。
それに続くように皆もやっと口を開く。


「ほ、ほんと!明日、学校大騒ぎじゃないですか?特に女子が」
「せめて眼帯とかしたほうが・・・」
風花は再び救急箱を探し始めた。

「そんなもんいらん。血を抜けば腫れも引く。
・・・だが正直視界が狭くてな。歩きづらい」

「そりゃ、そんだけ腫れてれば・・・」

「そうだ。今日はタルタロス行かないのか?」
「って、まさか行く気だったんすか!?」
「ああ。今日は久々に手ごたえのある戦いをしたからな。この流れで絶好調だ」


いや、だからそんな顔で言われても・・・。



「ダメです!!」



馨が口を開いた。その口調はいつも以上にキッパリしている。


「なぜだ」
真田は不満そうだ。


「行くとしても先輩を戦闘メンバーには入れませんからね」
「なんだと!?」

「そんな状態で行ったら敵に隙を突かれまくりです。
あと自分をもっと大事にしてください。これはリーダー命令です!」

赤い瞳をつり上げて、馨ははっきりそう言った。
多少の無理も厭わないところは馨にも言えるが、この場では一応正論だ。


「・・・リーダーの権限を濫用するとは」
真田はまだ納得のいかない顔をしている。


「じゃあ、彼女としてのお願いです」
「!!」

「先輩、言ったじゃないですか。おまえの言うことならなんでも聞いてやる、惚れた弱みだ、って」
「バ、バカ!こんなところで言うな!」

「だったら今日はしっかり休んでください」
「・・・わかった。今日はもう寝る」

「それでいいんです。・・・肩貸しましょうか」
「いい。歩ける」
「とか言ってふらついてますけど」
「よく見えないだけだ!」
「階段危ないですよ?ほらほら、つかまってください」
「・・・」


真田はしぶしぶ馨に寄りかかりながら、階段を上がって行った。

二人の後ろ姿を見送りながら、ラウンジの面々はため息をついた。
ああ、またやられた、と。

「しらけましたね」
「・・・まったくだ」
「もう、真田サンのことは馨っちに任せときゃよくないっすか?」
「ああ」
「うん・・・賛成」
「僕もです」
「クゥーン・・・」
「満場一致で。さ、オレらももう寝ようぜ」


こういう空気に慣れとかないとなあ。
全員がしみじみとそう思った。

彼を手なずけられるのは、やっぱり我らがリーダーしかいないと思う。

2011/08/28