花とはちみつ
放課後のポロニアンモール。
二人で帰っているときだった。
いわゆる「放課後デート」だ。順平に教えられた。意味もなく一緒にぶらぶらするのが大切なんです、と。
だからこうして意味もなく歩いている。本来それは退屈だ。けれど共に過ごす相手が違えば、意味のないこともこんなに楽しくなる。
それは新しい発見だった。
口達者な順平のように、あるいは話題の尽きない岳羽のように馨を楽しませることはできないかもしれない。
けれど、それでも一緒にいたいと馨は言ってくれた。
「あ、フロスト人形!!」
それまでどこかぎこちなく繋いでいた、というより触れ合っていた手をパッと離されて、
馨は明るい声でそう言うと、ゲームセンターの方へ走って行った。
「なんだ、どうした?」
馨が突然隣からいなくなるのはいつものことだった。そのたびに、こうして左手はさみしくなる。
「先輩!フロスト人形です!」
馨はクレーンゲームに飛びついていた。嬉しそうにこちらを振り向いて、「早く!」とせかされる。
犬か、それとも無邪気な子供か。よくそう思うときがある。
今回もまたしかり。まあ、かわいいからいいんだ。
そんなことを思いながら、馨の隣に行った。馨の言うとおり、クレーンゲームの中には「フロスト人形」がぎっしり詰まっている。
「おまえもこんな形のペルソナ、よく使ってたな」
「はい。かわいいんですよ」
「・・・俺は御免だが」
「確かに、この子は氷結得意ですからね」
氷結魔法は俺のペルソナの弱点。
だから、美鶴の「処刑」のダメージも人一倍大きい。
・・・怒らせるようなことは極力しないようにしている。
一番恐れているのは、ケンカをしたとき、馨が怒りに任せて氷結系最強魔法「ニブルヘイム」を使ってくること・・・。
それは万に一つの可能性だ。だがあり得る。そんなもんを食らったらたぶん一撃で瀕死だ。
幸いまだケンカらしいケンカはしていない。
馨はガラスに手をついて、人形をうらめしそうに見ている。
「この前も、5000円使ってやったんですけど・・・1個もとれませんでした」
「なっ、5000円!?バカかおまえは!」
「ひ、ひどいです!」
「なんでそこまでこれにこだわる」
「え?え・・・っと、それは、うーん、依頼、というか・・・」
「依頼?」
「と、とにかくこれを3つ持って行かないと、先輩の新しいグローブが作れないんですよ」
「なに!?」
「命中率99%、高確率で悩殺付着という優れものです。というわけなんで、挑戦します!」
馨はバッグから勢いよく財布を取り出した。よく見ると、パンパンに膨らんでいる。
・・・このために小銭を用意していたらしい。
「待て、俺もやる」
「えっ」
「ほら、貸せ」
馨を押しのけてコインを入れた。
>ウィーン・・・・
ウィーン・・・
ガシャッ
「!!」
>テレッテッテー!!♪
「や、やった!」
「きゃー、すごい!すごい先輩!」
見事一発でゲットした。取り出し口から人形をつかんで、馨に渡した。
「ほら」
「ありがとうございます!」
渡した手ごと、掴まれた。
・・・あえて言うが、まんざらでもなかった。
「でも3つ必要なんだろ?」
「はい。あと2つ・・・」
その後すぐに2回目に挑戦したが、かすりもしなかった。
馨が挑戦しても、アームは見当違いの方向へ行った。
「おまえ、下手だな」
「!!」
「戦闘に関しては言うことないが・・・センス皆無じゃないか」
「そ、そんなに言うならあと2つ、先輩がとってください!」
「なっ」
「ほら早く!」
すでにかれこれ10分くらいこのクレーンの前を陣取っている。
このクレーンゲームはゲームセンター入り口前、つまりポロニアンモールに面していて、通行人に丸見えである。
その後、ことごとく挑戦と失敗を繰り返した。
>ウィーン・・・
ガシャッ
「あー!も、もう少しだったのに・・・」
「くそ、詰めが甘かったか」
>ウィーン・・・
「み、見ろ、つかんだぞ!よし、このまま・・・」
>ドサッ
ウィーン・・・
「・・・!!」
「滑った・・・だと・・・!?」
>ウィーン・・・
ガシャッ
>テレッテッテー!♪
「きゃー!!」
「やった!馨、これで3つそろったぞ!」
「すごーい、すごいです先輩ー!」
・・・
「・・・」
「なによあれ」
「や、見りゃわかんじゃん?真田先輩と馨ッチだよ」
「なによ、あのバカップル」
「・・・」
その表現はおおむね正しい。というか的確だ。
ゆかり、順平、風花は3人で帰宅していた。ポロニアンモールにて、偶然あの二人を発見した。
しかし声をかける気にはならなかった。立ち止まり、遠目で見守ること約1分。
「あ、とれたみたいだよ」
風花の指摘通り、馨は真田の腕にしがみつき、飛び跳ねて喜んでいる。
「あれくらいで喜ぶなんて・・・馨はかわいいわねー」
「いやー・・・でもさ、あの二人が一緒にいると、なんつーか平和だよな、うん」
「私も・・・恋人、ほしくなっちゃったなあ」
「えっ、風花マジ!?」
「あ、別に変な意味じゃ」
こんな君も、かわいいと思う。
2011/08/28
いつか使いたかった、順平の「テレッテ」。満足です。