sweety
バレンタイン。
一年の中で、一番露骨な恋愛イベント。
馨は悩んでいた。渡したい人がたくさんいすぎるからだ。
何が問題かといえば、日々の生活費を支えるバイト代から、どのようにやりくりしてチョコ代をひねり出すか・・・。
出来れば、というか絶対手作りがいい。料理部の意地だ。
ちなみに今年は本命がいる。本命チョコだけは、気合を入れて豪華にしよう。それを含めても、ざっと10人以上いる。
2月14日まであと1週間。よし、頑張ろう。
・・・
バレンタイン前日。運よく料理部の活動日だった。
女子同士だし、必然的にチョコづくりをすることになった。
馨の持参した材料は、風花の3倍以上はある。
「か、馨ちゃん!なんだかすごい量だね」
「ん?そうかな、皆にあげようと思ってさ。もちろん風花にも!」
「ほんと?嬉しい!」
「じゃ、はじめよっか!」
時々会話を挟みながらも、馨は手際よく作業している。
風花には、毎回それがとても不思議に思えた。
やっぱり、馨ちゃんには手がたくさんあるんだなあ。
1時間後。
「よし、こんな感じかな?」
「うわあ・・・かわいい!」
大きめのトレイに綺麗に並べられていたのは、小さくカットされたブラウニーと、トリュフ。
同じ数がセットで置いてある。馨は一息ついて仕上がりを確認すると、すぐにラッピングを始めた。
ブラウニーとトリュフを1つずつ透明な袋に入れて、リボンをつけてハート型のシールを張る。
包装費や材料費をギリギリまでケチったのだが、これなら安っぽく見えないだろう。
「ね、風花、どうかな?」
完成したプレゼントを一つ手に取って、風花に尋ねてみた。
「どうって・・・すごいよ!同じものを、こんなに早くきれいにできちゃうなんて!」
「じゃあ・・・ハイ!あげる」
馨は手に持ったプレゼントを、そのまま風花に渡した。
「えっ」
「いつもありがとね、風花」
「馨ちゃん・・・!わ、私がいちばん最初にもらっちゃうなんて・・・なんか、得した気分かも・・・」
「なによ、照れるって!」
「ね、食べてみていい?」
「うん!味見ってことで」
風花は包みを開けて、ブラウニーをひとくち食べた。
「・・・!おいしい・・・!」
風花の顔が、一層明るく輝いた。
やっぱり、喜んでもらえるのって、嬉しい。馨はつくづくそう実感した。
「・・・あれ?それは?」
風花は口元を押さえながら、もう一つのトレイを指差した。
「これ?うん、本命」
「!」
「えへへ」
「でも・・・ホットケーキ?」
風花の言うとおり、きれいに焼けているが紛れもなくホットケーキだ。
チョコレート生地とプレーン生地が重なっており、デコレーションのおかげでケーキのようにも見える。
「うん。ホットケーキが好き、って言ってたから・・・」
誰が?とは聞かなかった。
そんなの、普段の馨を見ていれば風花だって、わかっていた。
・・・
バレンタイン当日。
今日はゆかりと一緒に登校する約束だ。
いつものバッグに加えて、大きな紙袋を下げて部屋を出た。
もちろん、昨日作ったチョコがたくさん詰まっている。
「あ、おはよ馨!」
ラウンジに降りると、すでにゆかりがいた。
さっそく紙袋から一つ取り出して、ゆかりに差し出す。
「え・・・なに、チョコ!?」
「うん、ゆかりにあげる。いつもありがとね」
「なにこれ、超かわいい!マジ、手作り!?」
「もちろん」
「うわー!ありがとう!」
とても喜んでもらえた。
こっちが嬉しくなるような、ゆかりの笑顔が見れた。
学校に着くと、当たり前だがざわざわしていた。
特に男子は落ち着かない様子で下駄箱をチェックしている姿が目立つ。
そんな中に、順平は違和感なく溶け込んでいた。ゆかりと馨は、同時に順平を見つけた。
「・・・あんた、なにやってんの」
「えっ、あ、ゆかりッチ!や、もしかしたらチョコとか入ってねーかなあ・・・とかさ、ハハハ!」
「・・・」
ゆかりと順平の掛け合いはいつも通り。
なんだか反応が楽しみだなあ。そんなことを思いながら、順平にもチョコを渡してみる。
「・・・えっ!?ま、まさかとは思いますがコレは」
「うん、チョコ。順平にはいつも助けてもらってばっかりだから」
「馨ッチ・・・!!!あ、でも真田サンに怒られ」
「義理に決まってんでしょ!」
「なんでそれをゆかりッチが言うんだっつの。や、でもマジうれしー!もう俺今日はこれだけでいいや」
こんな風に大げさに喜ばれるのも、やっぱり嬉しい。
そのあと、休み時間や昼休みを使ってチョコを渡しに行った。
「・・・!これを、僕に?あ、いや、その・・・ありがとう。だ、大事に食べる」
なぜかいつもとは違う小田桐くんの顔を見れたし
「私にか?・・・ありがとう、槇村。君はマメだな」
美鶴先輩は穏やかに笑ってくれた。
「馨殿・・・!拙者、感謝感激アメアラシデゴザル・・・!!」
ベベなんて、そう言いながら目の前で全部食べてくれた。
そんな感じで学校を回っていて、目についたのはやっぱり真田先輩目当ての女子。
先輩の教室に行ってみたら、やっぱり大変なことになっていた。学校では会わないでおこう。
彼女なんだから堂々と会いに行けばいい。渡しに行けばいい。けど、やめておいた。
・・・
放課後、バイトを終えて帰宅するとラウンジにはほぼみんなそろっていた。よかった、早めに帰ってきて。
もうずいぶん軽くなった紙袋を提げたまま、端の方でコロマルと遊んでいる荒垣先輩のところへ駆け寄った。
「ん?なんだおまえか」
いつも通りの表情。うーん、笑わせるのは、難しそう。チョコを渡してみた。
「なんだこりゃ」
「今日はバレンタインですよ」
「チョコか」
「はい!」
「・・・」
「あ、大丈夫です、味見しました」
「べつに、おまえの作ったもんならなんでもいい」
「?」
「もらっとく。・・・サンキュ」
うつむき気味だったけど、口元は微笑んでいた気がする。
もう部屋に戻ったという天田くんにも渡しに行った。
さすがにまだ、寝てないかな?と、迷ったけど。
「これ・・・僕に、ですか?」
控えめな2回のノックですぐに出てくれた。
不可抗力で見えてしまった部屋の奥には、飲みかけの牛乳パックが置いてあった。
「ありがとうございます」
少し赤い顔で、いつもみたいにしっかりお礼を言われた。
そのあと、何か言いかけたみたいだったけど、結局聞くことはできなかった。
・・・
「あれ、真田さん、おかえりっす」
馨が天田を訪ねているのと同時刻、真田が帰ってきた。
その顔は疲れ切っている。まあ、ほぼ全員予想していたことだったが、彼の荷物は予想以上に多かった。
「明彦、今年は記録更新じゃないか」
「うるさい。そんな記録いらん。・・・美鶴、おまえ人の不幸を楽しんでるだろ」
「そんなことはない。気の毒に思っている」
両手には、パンパンに膨らんだ紙袋が2つずつ、計4袋。
カバンの中にも入っているようで、チャックがしまっていない。もちろん中身は全部プレゼントのチョコレートだ。
「うわ、初めて見たぜ・・・漫画のような光景」
順平はまじまじとそう言った。真田はため息をついて、重そうな紙袋をドサッと音を立てて床に置く。
「受け取れないと言っているのに、無理やり押し付けてきたり・・・挙句の果てには目の前で泣かれてな。もううんざりだ」
言葉の通り、ものすごく不愉快そうだった。
「ていうか先輩、アレ全部食べるのかな」
ゆかりが小さく隣の順平に耳打ちをする。
「バカ言うな。不健康にもほどがある」
・・・聞こえていたみたいだ。
「ま、オレっちは馨のチョコだけで十分だなー」
「・・・なに?」
順平の一言に、真田は小さく反応した。
「そうだな。槇村のチョコはとても美味しかった」
「はい。さすが馨ちゃんですよね」
美鶴も風花も満足そうに口を開いた。
「てか先輩、まさかもらってないんですか?」
ゆかりの一言が決定的だった。
真田は黙っている。一気に空気が重くなった。
「あれ、先輩」
馨がラウンジに降りてきた。
しかし、真田の足元の大量の紙袋を目に入れると、一気に表情が曇る。
「あはは、なんですか?そのありえない量」
「・・・いや、これは」
「それだけあれば、私のはいらない・・・ですよね」
馨は小さく笑って、そのまま階段を上がって行ってしまった。
「バ、バカ!おまえの作ったチョコなら、たとえ高脂血症になっても食べてやるから!」
真田は紙袋を置いたまま、馨の後を追いかけた。
・・・
自室に戻ろうとしている馨を直前で引き留めた。
その後ろ姿を見るのがなんだかつらくて、馨の細い腕をつかんだとき、つい力が入ってしまった。
「もー、はなしてくださいー!」
「離したら部屋へこもる気だろう!」
「何がいけないんですか、もう寝ます!」
「ダメだ!」
まるで子供のようにじたばたと騒ぎ出した馨。
こういう時は、こうしないと落ち着いてくれない。
「・・・ダメだ」
身動きが取れないように、きつく抱きしめる。
こうすればたいていはおとなしくなる。
「俺は・・・俺はおまえがいてくれればなにもいらない」
本当だ。
そう言い足して、さらに腕に力を込める。
「バレンタインなんて疲れるだけで嫌いだったんだ。
でも今は・・・おまえがいれば、まんざらでもない」
慎重に言葉を選んだ。
つもりだったが、果たしてこれが最善かどうかは、わからない。
「・・・。チョコじゃなくて、ホットケーキにしました」
馨はやっと口を開くと、そう言って部屋の鍵を開けた。
ぎこちない、いつもと変わらない笑顔がそこにあった。
2011/08/29
真夏にもかかわらず思いついた真冬の話。特別扱いしてしまうのは、お互い様でした。