Sweetest Thing


ホワイトデー、男にとっても、大事な日。

小田桐の場合:
この僕がまさか、生徒会帰りに花屋に寄り道をするなんてな。
男が一人で花屋なんて、トレンディドラマでも見かけないぞ。
「いらっしゃいませ!何をお探しでしょう?」
駅前の花屋、ラフレシ屋。女性の店員が感じよく話しかけてきた。
「そうだな・・・」
彼女に似合う花、か。本当ならひまわりがいちばん似合うと思う。
あの笑顔にふさわしい。ただ季節じゃない。薔薇の花束、なんて定番すぎるしな。
ふむ、と顎に手を当てて考えてみる。
「・・・!」
視界の先の、オレンジ色に目が留まった。

3月14日、生徒会終了後。忙しいとわかってはいるが、彼女を引き留めた。
二人きりになった生徒会室は静かだ。

「ん?どしたの小田桐くん」
いつもと変わらない様子だ。・・・驚くだろうか。
「君に渡したいものがあるんだ」
「え?なになに?」

後ろに用意していた紙袋から、小さな花束を取り出した。片手に持ち、彼女に差し出す。

「先月のチョコレートのお返しだ。これが僕なりの、3倍返しだ」

久々だな。
この僕が緊張するなんて。

「ガーベラだ。君に似合うと思って」

オレンジ一色のガーベラを5本程度。
購入時、ラッピングを工夫してリボンをつけてもらった、小さな花束だ。

彼女に特別な人がいるのは知っている。
彼女がどんな気持ちで僕にチョコレートをくれたのかも知っている。
これが僕なりの、けじめだ。
――しかし。

花束越しに見えた、彼女の満面の笑みに、僕の未練はまたぶりかえしそうだった。


ベベの場合:
フランスにおいてのバレンタインデーは、女性のものではなくてカップルが愛を確かめ合う日。
だからつい最近、テレビでホワイトデーの存在を知ったでゴザル。
(フム・・・馨殿、どうしたら喜んでくれる?)
チョコをもらったとき、とても驚いたけれどすごくうれしかった。拙者も、同じくらい馨殿を喜ばせたい。

(ソウダ!)

ホワイトデー当日の休み時間、初めて馨殿の教室に行ってみた。ちょっと緊張する。
どうにか連れ出せた。天気がいいから、屋上がいいな!という馨殿のリクエストにこたえて、二人で階段を上った。
突き抜けるような青い空。やっぱり日本の空は特別に綺麗デス。

「馨殿、目つぶってほしいでゴザル」
「え?」
「ほらほらはやく!」

目をつぶった馨殿の手をそっと取って、プレゼントを――手作りのブレスレットをつけてあげた。
目を開けて、ブレスレットを見た馨殿は驚いて、それでもとても喜んでくれた。
皮を切ってつなげて作った、おしゃれなブレスレット。シンプルだけど、馨殿に似合うと思ったから。

「拙者、夢ができたでゴザルよ」
「・・・夢?」
「フランスに帰ったら、ちゃんとファッションの勉強して・・・ブランドをつくりたい。
ブランドの名前、もう決めてある」
この笑顔に、どれだけ救われたことか。
帰国すると決めた以上、もう見ることはできないかもしれない。

「今度は、こんな下手なブレスレッドじゃなくて・・・”カオル”っていうブランドを作って、一番最初に馨殿の服をデザインしてあげる」

どうかそれまで、君が幸せなままでありますように。


荒垣の場合:
槇村にチョコをもらった。
・・・察するに義理だ。てか寮のやつら全員同じのもらってたし。
義理チョコにも「おかえし」するのが常識だよな。

「なぁ、おまえ弁当のおかずでなにがいちばん好きなんだ?」
「そうだなー、たこさんウインナー!」
「・・・」
「おにぎりとサンドイッチだったら、どっち派だ?」
「どっちも好きですー!」
「・・・」
2週間くらい前から、こつこつと地道にこうした聞き込み・・・会話を繰り返した。
相手を喜ばせんのに下調べってのは重要だ。――柄にもねえ、楽しいなんて。

3月14日。
夕べと今朝、キッチンには誰も入れないようにしている。
そもそもキッチンを使うのはオレと山岸くらいだが。
死ぬ気で早起きして(低血圧にはつらい)、キッチンに立った。
今日のために、女ものの弁当箱セットまで買ってやったんだ。くそ、なんでオレが。

30分後、完成した。
「やべえ、そろそろか」
そろそろ、あいつらが部屋を出て学校へ向かう時間だ。
急いでラウンジに出ると、ちょうどよく制服を着た槇村が階段を下りてきた。
「あっ、荒垣先輩!めずらしいですね、朝早く」
「・・・おう、今日は・・・その、コンビニとか購買にいくなよ」
「へ?」
「昼飯買うなっつってんだ」
「えぇ!?」
「いいから言うとおりにしろ!行きゃわかる」

泣きそうになった槇村を半ば無理やり説得させて送り出した。
・・・素直に「弁当つくったからあとで持ってってやる」なんて、言えるか。

一息ついて、部屋へ戻った。少しほこりをかぶった制服に手をかけた。
しょうがねえ、今日くらい。

昼休み。
オレは久しぶりすぎる学校に来ていた。・・・制服が違和感ありすぎる。
昼休みが始まるチャイムと同時に席を立った。――弁当の入ったカバンを持って。

階段を降りて、2年F組に向かう。開いていたドアから顔を出すと、槇村がいた。
・・・岳羽と順平のやつも一緒だ。同じクラスか・・・まずい、考えてなかった。
「あれ?荒垣先輩!」
岳羽がオレに気付きやがった・・・。勘のいい奴だ。
しょうがねえ。身を乗り出して槇村を呼んだ。

「槇村。来い」

歩幅を広げて、槇村の一歩先を歩いた。
学校で並んで歩くなんて、なんだか照れくさいからだ。
屋上へ誘った。静かな場所を、そこしか知らなかった。
端のベンチに並んで座る。・・・おせっかいなほどいい天気だ。

「腹減ってるか」
「当たり前です!もー、まさか私、お昼抜き?」
「好都合だ」
「なっ・・・、・・・!」
カバンから弁当箱を取り出して、二人の間の隙間に置いた。
「お、おべんとう・・・!」
槇村の目は釘づけになったようだ。
「こっちのマグカップには味噌汁入ってる。・・・あとこっちの箱にはカットフルーツ入ってる。
ちっこいおにぎりとサンドイッチ、両方ある。一応、ウインナーも足ついてる」
「あの、これって」
「・・・おまえのだ」

いつかアキが言ってた。
アイツは見てて飽きないよな。

確かに、わかる気がする。たかが弁当で、どんだけ喜んでんだよこいつ。
一応、本気だしてバリエーションも詰め方も凝ったつもりだが。
「ホワイトデーっつんだろ、今日はよ」
「えっ」
「チョコうまかったからよ。お返しだ」
「・・・!」
「オレには、これくらいしかしてやれねえから」
それでも、おまえのそんな嬉しそうな顔見れたんだ、よしとするか。


真田の場合:
「ホワイトデーは、俺は一体なにをしたらいいんだ?」
2月も終わりの帰り道、馨に聞いてみた。
なにをしたらいいんだ。それは本当にわからなかった。
世間一般で言う、キャンディやお菓子なんかでいいのだろうか?
わからないものは直接本人に聞くしかない。
多分、こんなことを順平に言ったらまたうるさく言われるだろう。次第に慣れてきたし、学習してきた。
だが、わからんものはわからないんだ。

「んー、そうですねぇ」
「ほしいものとか、あるのか?」
「特にないです。基本ものもちいい方だし・・・」
「そうだな」
全く何も思いつかない。
まさか、俺は彼氏失格か?


そして、3月14日を迎えた。

「デートに行こう」

一緒に帰る放課後。出した結論はこれだった。
チョコレート・・・いや、”ホットケーキ”のお返しは、
一緒に過ごす時間。
「明日、休みだし、どこか行こう。遠いところでもいい」
どんなプレゼントを渡すよりも、馨がいちばん喜びそうなことといったら、これしか思いつかなかった。
「ほんとですか!?えーっと、えーっと・・・先輩、このまま本屋行きたいです!」
「本屋?」
「旅行雑誌買わなきゃ!日帰りで行けるところ・・・いっぱいありますから!」
ふと思った。
馨が喜ぶ――というよりも、俺がしたかっただけじゃないか?
「うーん、遊園地もいいなあー、水族館も楽しそー!」

まあ、いいか。
この笑顔を、独り占めできるなら。

2011/08/30
真田先輩が最強、っていうおはなし。彼氏にしかできないことがあるんです。 3年生は3月14日の時点ですでに卒業してるとか、重大だけど細かいことは無視です無視!!