あの子の夢


なんだか・・・ううん、やっぱり家には帰りたくなくて、いつもみたいに神社に寄った。
おねえちゃんに、会えるといいな。そう思って。
いっぱい会えるわけじゃないけど、舞子がほんとに会いたいときは、おねえちゃん来てくれるんだ。

神社についた。
・・・誰もいない。

しゅくだい・・・しようかな。
すべり台にのぼって、しゅくだいしようかな。
そうしよう。ランドセルを下ろした時だった。
「あっ、舞子!おーい!」
「・・・おねーちゃん!」
遠くから聞こえた声。ぱっと振り向くと、道の向こう側におねえちゃんが見えた!
やった、会えた!
でも、隣には知らない人がいる・・・。
お姉ちゃんは舞子のところに走ってきてくれた。

「やっぱ今日もいたね!へへ、舞子に会いに来たんだよ」
「うん!」
「あっ、真田先輩!この子が舞子ちゃんです」

知らない男の人と、目があった。制服、着てるからおねえちゃんと同じ学校なのかな?
何にも言わない舞子を見て、おねえちゃんは困った顔をした。
「だいじょぶだよ、怖い人じゃないから」
「・・・おい」
男の人は「まったく」とため息をついて、舞子の方を見た。
・・・どき。

「――いっしょに遊ぶか?」
「えっ」
「暇ならつきあってくれ」
「・・・うん!」

怖い人じゃないみたい。
だって、舞子が元気に返事したら、少し笑ってくれた。

「肩車でもしてやろうか?」
「うん!・・・あ、でも舞子こう見えて重いんだよ?」
「俺を誰だと思ってるんだ。それくらい朝飯前だ」

誰だと、って、誰・・・なんだろう?
おにいちゃんはすっと屈んで、「ほら」と言ってくれた。
恐る恐るしがみついてみた。そしたら、あっという間に視線は空に近づいた。

「きゃー!たかいたかーい!」
「・・・さすがにバランスが厳しいな。だがちょうどいい負荷かもしれない。
馨、ちょっとこのまま走ってきていいか」
「ちょ、だめです!舞子に怪我させたらどーするんですか!」
「・・・そ、そうか」

「ね、おにーちゃん、このまま走って―!」
「ん?いいのか?」
「うん!」
「よし。ちゃんとつかまってろよ」

視線が高い。ゆれる。きもちいい。
これが「風を切る」ってことなんだろうなあ。

「きゃー!空飛んでるみたーい!」
「意外と全身使うな・・・新しいトレーニングに取り入れるか」
「え?なーに?」
「いや」

ふと、思い出してしまった。
お父さんにも、こうやって肩車で遊んでもらったこと。
そんなに前の話じゃないのに、なんだかものすごく遠い気がした。

おにいちゃんと遊んでる間、おねえちゃんはベンチに座って舞子たちを見ていた。まるで、お母さんみたいに。
しばらくして、神社の階段のところに座って休憩することにした。
おにいちゃんは一息ついて、制服のタイを外していた。
「あついの?」
「ああ。いい運動になった」
「飲み物でも買ってきましょうか?」
ベンチに座っていたおねえちゃんがこっちに歩いてきた。
「ああ。すまない」
「舞子も飲むよね?」
「うん!ありがとおねーちゃん!」
「じゃ、行ってくるね」

おねえちゃんの背中がだんだん小さくなっていく。
そういえば、すぐそこにコンビニあったなあ。
二人きりになった。
夕焼けが真っ赤で、ちょっとまぶしい。隣に座っているおにいちゃんに、聞いてみた。

「ね、おにいちゃんは、おねえちゃんの”かれし”?」
「えっ」
「すごく仲良しだよね」
「そうか?」
「うん。お父さんと、お母さんも・・・おねえちゃんたちみたいに、仲良くしてほしいな」
「・・・」

今朝、舞子が学校に行く時も、ケンカしてた。
もう、見たくないのに。

「りこん、するんだって」
「・・・そうか」
「うん・・・」

「おまえは――親が好きか?」
「うん。だから仲良くしてほしいの」

それは本当だった。
おにいちゃんは舞子の返事を聞いて、優しく笑った。

「俺には家族がいないんだ」
「・・・えっ?」
「馨も両親がいない」
「・・・そうなの?」

「もし・・・両親が離婚したとしても、おまえがどちらについていくにしても、
おまえにとってはかけがえのない家族だろ」
「・・・」
「だから、これから先何があっても、大事にしろよ」
「・・・うん」
「それがわかってれば大丈夫だ。今は辛いだろうが、おまえがしっかりしてれば必ず何か変わる」

「うん・・・!」
「・・・おい、泣くな」
「うん・・・」

それでも涙は止まらなかった。
恥ずかしくて、たまらなくて、おにいちゃんの腕にしがみついた。

――そうだ。何があっても、舞子のお父さんとお母さんは一人ずつしか、いないんだ。
かわりなんていない。

そんな当たり前のことなのに
どうして、気づかなかったんだろう?
家出したくなったりしたのは、逃げてただけだったんだ。嫌な現実から――。

「・・・舞子がんばる」
「ああ」
「いっぱい話してみる」
「そうしろ。おまえにしかできないからな」

おにいちゃんの腕はあったかかった。
さっきから、どうしてもお父さんを思い出す。男の人だからかな?
そうやってうずくまっていると、おねえちゃんの驚いた声が聞こえた。

「えっ、ちょっと、どうしたの?」
やっと止まった涙を拭きながら、顔を上げた。
おねえちゃんの手には、コンビニ袋。舞子の好きな、モロナミンGが透けて見えた。

「ま、舞ちゃん!やだ、なに泣いてるの!まさか先輩、泣かせるようなことを・・・!」
「おい、誤解するな!俺は別に・・・」

・・・

日が暮れる前に帰ることにした。
まだ目がしぱしぱする。充血しちゃったみたい。
ランドセルをしょって、神社の入り口で別れる前に、おにいちゃんの袖を引っ張った。

「おにいちゃん!耳貸して」
「なんだ?」
「・・・ありがとね」
「ああ」
「あと、おねえちゃんを大事にしてよね!」
「言われなくてもわかってる」
そんなことか。そう言わんばかりの自信満々な笑顔だった。
「ねー、何の話?ていうか二人ともずいぶん仲良くなってない?」
お姉ちゃんが不思議そうに首をかしげた。
おにいちゃんから離れて、くるりと帰宅進行方向を振り向いた。ランドセルの中身が揺れる。

「あーあ、舞子も、おねえちゃんみたいにすてきな”かれし”、はやく見つけなきゃ!」
「えっ?ちょ、何いきなり」
「じゃあね、またあそぼーねー!」

ぶんぶんと手を振って、急いで信号を渡った。
きょうは、もう振り向かない。

「生意気、だな」
「・・・もう、最近の小学生はませるっていうか」
「だが強い子じゃないか」
「え?」
「いや」


家に着く直前、ふと思った。
そうだなー、あの二人がけっこんして、子供ができたら・・・
今度は舞子が、その子と遊んであげよう。

おねえちゃんの恋人がいいひとで、よかった。

2011/08/30