来るなら来い
朝、校門の前まで来ると、前の方に馨が見えた。
登校時間のラッシュで人は多かったが、すぐに分かった。岳羽と楽しそうに話しながら歩いている。
同じ寮だがみんなそろって登校するわけじゃない。だから、こうして朝会うことは少ない。
付き合っていても、毎朝一緒に登校はしない。
主に岳羽や美鶴からクレームが来るのだ。あんまり馨を独占しないでください、と。
歩幅を広げて人ごみをすり抜けて、声をかけようとした。それくらいはいいだろう。しかし、俺より先に馨に声をかけた男がいた。
「馨ちゃん、おはよ」
「綾時くん!」
彼の登場に周囲が少しだけざわついた。主に女子。
俺もよくこの空気にさらされる。居心地はよくない。
こうして客観的に見てみると妙な気分だ。
「ゆかりちゃんも、おはよう」
「・・・朝から軽いわね」
岳羽は引いている。
望月綾時は、そうするのが当然といわんばかりに、自然に馨の肩を抱いている。
思わず拳に力が入る。・・・手加減できそうにない。すると、後ろから聞きなれた声が。
「あ、真田サンじゃないすかー。てことは間に合った?あーよかった、今日もギリギ・・・
―――って、ちょっと、なに殺気立ってんスか?!」
後ろから小走りでやってきた順平は、俺を見るなり後ずさった。
相変わらず騒がしい。
「あ、綾時じゃん。・・・と、馨たち・・・、あー、うん、あれは、なんつーか」
順平は前方の彼らを見つけた。
状況を把握したのか、俺をなだめてくる。
「アイツって帰国子女だし、軽いのはしょうがないんすよ」
「悪気がなければなんでも許されるのか?」
よく言われる。
冗談が通じないやつだと。
別にそれでもいい。あんな冗談は大嫌いだ。
「真田サン、意外とやきもちやきなんすね」
「なに?」
「や、独り言っす!」
「――あれ?順平くん!おはよう」
騒いだつもりはなかったが、順平の声が大きかったためか、望月たちはこちらに気付いた。
同時に岳羽とも、そして馨とも目があった。
仕方ない、こちらから歩み寄った。
順平は困った顔をしてついてきた。
「ええと、真田先輩、ですよね?おは――」
望月は邪気のない笑顔を俺に向けた。
構わずかわして、馨の腕を引っ張ってこちらに引き寄せる。
いつまでくっついているつもりだ。
「あれ」
「3年の真田だ。よろしく」
こちらも笑顔で返した。
多分目は笑っていなかった。
彼は順平と親しくよく寮に来るが、互いの面識は数えるほどもなかった。
だから話すのはこれがほぼ初めてだ。
ほんとうに、馨のまわりは気が抜けない。
・・・
部活が終わり、門を出たところで後ろから呼び止められた。
――望月綾時だった。
お互いに一人。
もう日は暮れており、周りには誰もいない。
「偶然ですね。部活かなにかですか?」
「まあな」
人当たりがいいのは認める。
だが仲良く話し込む気はない。
態度に示してみても、彼は悟る気はないらしい。
一緒に帰る形になってしまった。
彼は笑顔で話を進める。
「それにしても、この学校は本当にかわいい子ばっかりですね、驚きました」
「そうか」
「特に馨ちゃんは――なんだか懐かしいっていうか」
「・・・」
「そうだ、真田さんはどんな女の子が好きなんですか?聞きましたよ、モテモテだって」
この手の質問はうんざりするほど受けてきた。
もちろん答えなかったし、答えらしい答えもなかった。
だが、今ほど答えるにふさわしい場はない。
「――そうだな、髪は長い方がいい」
「へえ、確かに女の子のきれいな髪はいいですよね」
「くせ毛をアップにしたポニーテールとかな」
「ああ、元気な子もかわいいですね」
「なんでもできて美人で男にもモテるのに、どこか抜けてたり」
「ほんとの天然ってやつですね」
「笑顔がかわいければ完璧だ」
「さすが、理想も高いんですね」
望月は感心したように頷いている。
駅に向かう歩道を歩いていると、まだ離れた後ろから聞きなれた声が耳に入った。
走ってくる足音さえも、「彼女」のものだとすぐにわかった。
「――ちょうど、あんな感じの女だ」
立ち止まり、後ろを振り返る。
望月も、不思議そうに振り向いた。
「あっ、先輩!よかった、追いついた!」
小走りで合流した馨は、嬉しそうに笑った。
「・・・・馨ちゃん?」
「あ、綾時くん!珍しいね、先輩と一緒なんて――って、あれ?」
半ば呆然とする望月を置いて、馨の手を引いて駅の方へ歩き始めた。
「わかったろ。――ただでさえ俺にはライバルが多いんだ」
馨の手をつかんだまま振り返り、望月にそう言った。
「?なんの話ですか?」
「べつに」
馨は首をかしげている。
まったく、何も知らないで。
「おまえもおまえだ。少しは嫌がれ」
「え?なにをですか?」
気安く他の男に触らせるな。
のどまで出かかったが、そんなみっともないことは言えなかった。
「・・・馨ちゃんは、僕にとっても特別なんだけどなあ」
望月がぼそっとつぶやいたこの言葉は、すでに遠く離れた俺たちの耳には届かなかった。
俺がこんなに嫉妬深く、情けなくなってしまったのは馨のせいだと思う。