移り香


香水といえばあまりいいイメージはなかった。追っかけ女子の中にもたまにいる。
公害かと思うほど強烈なやつが。あれはどう考えても間違えている。さすがに俺でもそう思う。
どういうことか、世の中にはそんな人間が結構な数いる。
電車の中やエレベーターの中など、被害にあうことは多かった。

寮生の中で、俺の知る限り香水をつけるのは岳羽と馨の二人。
岳羽曰く、遊びに行く時とか気分変えたい時とかに使う、ものらしい。
毎日つけるわけではなく、アトマイザーに入れていつも持ち歩いているという。
女子全般に言えることだが、岳羽の持ち物は特によくわからない。

一方、馨は毎日つけている。ただ、そばに行かないとわからない。
俺でさえ、(という言い方はかなり語弊がある)最初に気付いたのはだいぶ前の作戦で、夜中の学校に忍び込んだ時だ。
必然的に密着した時に、鼻をくすぐるようなかすかな香りがした。

馨を初めて抱きしめたときも、寄り添って歩く時も、変わらず同じ香りがした。
密着しないとわからない甘い香り。これ以上の武器はないと思う。
馨はそれを知っててやってるのか。だから必要以上に、そばに行きたくなる。

・・・

1年以上たっても、馨のつける香水は変わらなかった。
大学にもだいぶ慣れてきた、夏のある日。
授業終了後、席を立とうとすると後ろに座っていた男に呼び止められた。
「な、学食一緒に行かね?オゴッちゃうからさ!」
友人を上げるとすれば、彼――進藤が最初に出てくる。
何かと世話を焼きたがる性格のようで、どうしても順平を思い出してしまう。
実際よりも幼く見えるその笑顔は、悪意のかけらもなかった。
「遠慮しとく。減量中なんだ」
「えーっ!じゃあさ、サラダで手を打とうぜ!てか話あんの!合コン来て!」
「・・・」
本音はそれか。小さくため息をついてその場を離れようとした。
「ちょ、冷てー!アッキーがいてくれれば百人力なんだからさー!」
「その呼び方はやめろ!くっつくな!」
ガシッと腕をつかまれ引き留められる。
こいつは見かけによらず力があって、距離はどんどん縮まった。
「・・・ん?」

進藤はピタッと止まって小鼻を動かした。何かのにおいをかいでいる。その目標は俺だった。
「・・・なんだよ」
「・・・ん〜?アッキーから女物の香水のにおいが」
進藤は目を丸くしている。俺には思い当たることがあった。ただ詮索されるのは好きじゃない。
隙をついて腕を離し、その場を後にした。「合コン以外ならいつでも付き合ってやる」と念を押して。

高校生は夏休みのこの時期。
俺の部屋には馨が泊まりに来ていた。もちろん、受験勉強を見てやるという無くてもいい口実付きで。
今朝も、ずっとそばにいた。
毎朝の日課であろう、馨の愛用の香水をつけた直後にきつく抱きしめて、そのままベッドに逆戻りになった。
自分自身ではわからなかったが、きっとその時に香りが移ったのだろう。

甘すぎない、媚びない、それでも癖になるこの香り。
まさに馨そのものだと、俺は思うのだが。

2011/09/18
ちなみにゆかりッチの好きな香水は「ペルソナ倶楽部」によると、シャネルのアリュールのようです。 こ、高校生でシャネルって。 女主ちゃんは、イメージだとロクシタンのローズとか。ヘビーユーザーなのでブランドでありつつ低価格指向。