usually
日曜日、午前9時。
寮の前で槇村と待ち合わせをした。
「先輩!おまたせしました」
5分前に槇村はやってきた。夏らしい、ビニールバッグを持って。
私服はいつも見ている。けれど、今日はなんだか露出が多い気がする・・・。
夏の女子にとっては当たり前なのか?
ま、まあ岳羽もノースリーブにショートパンツだったりするしな・・・。
って、俺はオヤジか?!
「はやくいきましょう!」
いつもどおりの笑顔だった。
・・・楽しそうだ。
今日は新しくできたプールに出かけた。
以前、その話をしてそれとなく誘ったら、「かわいい水着を買っておきます」と、満面の笑み。
確信犯なのか無意識なのか。付き合う前の話だ。
目的地は電車で2駅先にある。
やっと到着し、更衣室に分かれてプールサイドで待ち合わせた。
女はなんでも時間がかかる。そういうものだと思っていた。しかし槇村は予想よりも早くやってきた。
「なんだ、早かった・・・な」
――やられた。
・・・だめだ。
以前みんなで屋久島に行ったときにも、見ていたはずなのに。(そのときもまともに見れなかったが)
あの時のピンクの水着もかわいかった。
けど今日の黒いフリルも
かわいい。
この・・・
小悪魔め。
そんな俺の動揺を、槇村は知っているだろうか。
知っていながらそれを楽しんでいるのだとしたら、本当に小悪魔だ。
「よし!じゃあさっそく行きましょう!」
槇村は持参したビニールバッグからストップウォッチとスポーツドリンクを慣れた手つきで取り出した。
「・・・そ、そうだな行くか」
たぶん、俺たちはふつうのカップルには見えないのだろうと思う。
まず向かったのは、ファミリーやカップルでひしめき合う「流れるプール」ではなくて
25メートルプール。
「準備運動しました?」
「バッチリだ」
「じゃ、計りますよ。ここで待ってますから!」
「頼んだぞ」
彼女にタイムを計らせ、トレーニングに泳ぎまくる彼氏。
・・・普通じゃないだろう。
こちらのプールは空いている。競泳用の水着を着た男女が2,3人いるのみ。
向こう側から見たら、ファッション性の高い水着を着た「今どきの」女子高生が、
ストップウォッチを首にさげてこのプールサイドにいるのは
かなりおかしな光景だ。
50メートルを泳ぎきり、プールサイドに手をかけた。
ゴールの飛び込み台の横に座り込む槇村は嬉しそうにタイムを読み上げた。
「先輩!こないだよりタイム上がってますよ」
「本当か!?トレーニングのたまものだな」
ほんとうに、おかしな光景だと思う。
一通り泳いだ後、休憩することになった。
俺は持参したスポーツドリンク、槇村は売店で買ったソフトクリーム。
ちなみに槇村はひたすらタイムを計ったり俺にタオルを渡してくれたり、
自分は一回もプールに入っていない。
「なんだか最近はこのノートを分析するのが楽しいです」
槇村が取り出したのは、俺のトレーニング日誌だった。
自分の分も兼ねていると言って、表紙はカラフルな絵柄がプリントしてある。
「だってほら、すごいですよ!水泳だけでもタイムは右肩上がりです」
槇村は自分なりにグラフを作ったりして分析しているようだ。
それはとても嬉しかったが、同時に申し訳なく思った。
「すまないな」
「え?なにがですか」
「いつもトレーニングに付き合わせてしまって」
まだ付き合い始めて半年もたっていないが、思えばデートらしいデートなんてしたことがない。
「ふつう」のデートなんて、したことがないし、わからなかった。
・・・そもそも誰かと付き合うなんていうこと自体初めてなのに。
一緒に過ごせる放課後は決まって牛丼かラーメン。色気も何もない。
たまに甘味処に行ったりするが。
少々の遠出の時も、制服のままで槇村のトレーニングウェアを一緒に買いに行く始末。
それでも槇村は楽しそうだった。
「あっ、コレかわいい!ほら、ピンクですよ」とか
「あーでも先輩とおそろいのタオルもかわいいですよね」とか
言ってることはよくわからなかったが、いつも以上に楽しそうだった。
「ほかのやつらみたいに、ふつうのデートが出来たらいいんだがな」
自嘲気味に、小さくつぶやいた。
「ふつうが一番いいですかね?」
「・・・?」
「私は、たのしいから練習につきあってるんです。
二人が楽しければ、ふつうじゃなくたっていいじゃないですか。
ていうか私は先輩と一緒ならなんでも楽しいです」
たまに見せる、槇村のこういう真剣な表情は
俺の心に色濃く刻まれる。
「あっ、そうだ」
「な、なんだ?」
「じゃあー、今日は私のお願い一つきいてください!」
ひとつ、と言わずおまえの言うことなら何でも聞こう、なんて言える資格はない。
・・・
「きゃー、たのしい〜」
「・・・」
ファミリー、カップルでにぎわう「流れるプール」。
槇村は大きな浮き輪に身を任せて楽しそうだ。
俺は後ろで浮き輪を押して、泳ぎながらスピードアップを図る。
みれば周りのカップルはほとんどそうしている。
自然と肌が触れ合ってしまうのは
不可抗力だ。
こうやって楽しそうに笑う槇村を見るのが当たり前だった。
それが楽しみだった。そしてそれは、今も、これからも。
「・・・なあ、馨」
付き合い始めてまだ幾日もたっていない。
こうして名前で呼ぶことにも、正直慣れていない。
歓声や水音が反響する中、そっと彼女の耳元に囁きかけた。
「たまには、”ふつうの”デートも、おまえが教えてくれ」
ふつうにこだわる必要なんてない。
二人が楽しければそれでいい。
2011/08/08
バランスのとれたカップルだと思う。