キスとハグ
部屋にある小さな冷蔵庫からペットボトルを取り出して、残り少なかった中身を一気に飲み干した。
お風呂上がりの一杯は水と決めている。
まだ濡れている長い髪を無造作に揺らして、ベッドに飛び込んだ。
今日も無事終わった。
本当ならこのまま眠ってしまいたいが、髪を乾かさないと。
でももう少しだけ、こうしてだらけていたい。
不覚にもまどろんでしまった時だった。
部屋のドアが2回、ノックされた。
時刻は夜10時。
高校生にとってそんな遅い時間ではない。
でも、誰だろう?
湯上りのせいで熱くて閉めていなかった胸元のボタンを急いで閉めながら、ドアを開けた。
いたのは真田先輩だった。すぐ終わるから、と先輩は言って、そのままドアを挟んで、部屋と廊下側で話した。
こんな時間にすまないな、と前置きをして、
「返すのを忘れてた。明日使うんだろう?」
ドアを開けた手はそのまま、差し出された分厚い英語辞書を片手で受け取った。
「なんだ、風呂上がりか?」
「あ、はい」
濡れた髪に少し火照った顔、しかも首にタオルをかけっぱなしだったことからすぐバレた。
「ちゃんと髪乾かしてから寝ろよ」
さっきそのまま寝てしまいそうだったことも、なぜかばれている。
ぎく、という顔になったのだと思う。
そんな私の顔を見て、先輩は少し呆れたように、でもなんだか楽しそうに小さくため息をついた。
「じゃ、またあしたな」
そういうと同時に、先輩は一歩下がって静かにドアを閉めた。
毎日会っているのに、なんだか不思議な気持ちになった。
正直言うと、もうちょっとだけでいいから顔を見ていたかったかもしれない。
そんなことをほんとうに心のすみだけで思って、内鍵を閉めようとした。
と同時にドアが開いた。
いたのはもちろん、彼だった。
そうして目があって、えっ?と聞く間も与えられず、するっと腰に手を回された。
そのまま、唇を重ねられた。
どうしていつも、こう急なんだろう。
それがうれしいのは、ぜったいに言わないけど。
いつの間にか、閉まったドアを背もたれに、二人は部屋の中だった。
「忘れ物だ」
少しだけ長いキスの後、腰に手を回されたまま――
先輩はこの上なく、文句なしにかっこいい顔でそう言った。
めまいがした。惚れた弱みだ。ほんとうに。
そんな時間は一瞬だった。
先輩は部屋から出ようとドアノブに手をかけて、思い出したように私を振り返った。
「馨」
「・・・は、はい」
自分でも驚く。声は上ずっていた。
「襲われたくなかったら、ちゃんと閉めとけ」
ちらりと見えた横顔は、少しだけ赤かった。
反射的に下を向いて、自分の状態を確認する。
閉めたと思ったボタンは豪快に掛け違えていて、下着と胸元が丸見えだった。
慌てて手に持っていた辞書を胸に抱えた。
ああ、でもよかった、これ昨日買ったばっかりのお気に入りのブラだ。
どうせ見られるなら、かわいいほうがいい。
ゆかりの太鼓判ももらった、薄いピンクの、なにより生地がふわふわの。
大きめのフリルがすごく女の子らしい。
いわゆる「勝負下着」にしようと思った。
「先輩、こういうの好きかなあ?」とゆかりに聞いたら、
「あたしが真田先輩の好みなんか知るわけないでしょー、
まあ、馨がつければなんでもかわいいと思うんじゃない?」と。
まさか買ってすぐに出番が来るなんて。
「襲われたくなかったら」。うん、今なら襲われてもいいな。
女の子にとってこういうコンディションは大切だよね。
そんな下心満載の考え事が顔に出たのかどうかはわからないけど、気づいたらもう一度抱きしめられていた。
さっきよりも強く。先輩の後ろで、ガチャという音がした。鍵の閉まる音が。――心臓が跳ね上がる。
「誘ってるのか」
そんなセリフを先輩に言わせてしまうほど、私はどんな顔をしてたんだろう。欲しそうな顔をしてたんだろう。
まだ濡れている髪が少し重いし冷たい。でも抱き合って触れている部分はすごく熱い。
この後どう過ごしたかなんて、私からは言えません。
2011/09/21
砂糖よりも甘いシリーズ第2弾。はい、ここも笑うところです!(意地)
高校生って一番はずかしい時期だと思います。真田先輩はキス魔のイメージが。