してあげたくなる
他人に対して愛があふれている、というのが彼女のいちばんの特徴だと思う。
そういう彼女を見ていると、俺だって、たまにはこうしていろいろしてあげたくなる。
「・・・くしゅっ」
今朝何度目かの、彼女のくしゃみを聞いた。
「・・・さむい・・・」
今日の天候、気温には不釣り合いな半袖から出た白い腕にはうっすら鳥肌まで立っている。
馨は露出部分を隠すように腕を組んで、肩をすくめた。
「何で半袖なんか着てきたんだ。天気予報見なかったのか?」
「・・・おっしゃるとおりです」
今日の朝、めずらしく寝坊した。
起きたとたんに気温の低さを感じたが、悩んでいる暇はなかった。
窓際にかかっているいつもの夏服制服に素早く着替えて、
なんとかこうして間に合って、恋人と登校するに至っているのだけど。
「季節の変わり目は、急に冷え込むからな」
実際昨日は夏の暑さだった。
「・・・甘く見てました・・・くしゅっっ」
一方隣の真田は長袖装備だ。
9月は10月の衣替えを前に、夏冬どちらの制服を着るかは個人の裁量だ。
上着はいつものように肩に担がれているが、薄いシャツ素材でも冷たい空気を
シャットアウトするには十分だ。
「・・・しょうがないな」
捨てられた猫のように縮み上がる彼女があんまり小さく思えたものだから、
ついなんとかしてやりたくなった。
左肩に担いでいた上着を、その丸みを帯びた肩にそっとかけた。
「・・・えっ」
急に暖かくなった背中に、馨は驚いて、横から隣の真田を見上げた。
こういう時は、黙って好意を受け取ってほしいものだが。
いつまでも返事を待つ大きな瞳に負けた。
「そんなものでもないよりマシだろ。リーダーに風邪をひかれたら困る」
きっぱりとそう言った。
照れも何もなく。
だってそれは事実だ。それがすべての理由ではないが。
「何なら今日一日貸してやろうか?」
「ほんとですか!?」
冗談のつもりだったのだが。
いくら男女の上着のデザインがそれほど違わないと言っても、
やっぱり着るとなると不自然さはぬぐえない。
何よりサイズが違いすぎる。
遠慮しときます、という返事を想像していたのだが。
馨はさっきとは打って変わって嬉しそうに鼻歌を歌って、
バッグを持ちかえながら上着にそでを通していた。
「あったかーい!先輩、ありがとうございます!」
想像通り、明らかにおかしい肩幅、長すぎる丈(おかげでスカートが見えなくなった)、
消えたように見える両手。
まあ、いいか。
本人は全く気にしていないようだし、こんなに喜んでくれるのなら。
「その様子だと、傘も持ってないな」
「えっ」
鼻先に、ポツン、と一滴の水が垂れた。
真田は鞄から折り畳み傘を取り出しながら、言った。
「今日は曇り時々雨だ」
彼が傘を開いた瞬間に、突然降り出した雨は強さを増した。
同じく登校中の周囲の月高生は、走りだす者、傘を広げる者など様々だった。
「さて、どうする?」
「え、えと、上着まで貸していただいて非常に恐縮なのですが、
傘に入れていただきたいというか、あ、それに上着濡れちゃうし」
そんなこと聞くまでもない。
むしろ、こっちから肩を抱き寄せて、この微妙に開いた距離を縮めたいくらいだ。
予想通りのかわいい反応に、馨にわからないように小さく笑って傘を差しだした。
「・・・ほら、おいで」
その口調に、馨は腑に落ちない顔でぎこちなくそばに寄った。
最初の最初は妹扱いされているのかと思った。
今はちゃんと「彼女」だけど、彼なりの愛情表現なのだろうと思うことにした。
相変わらず、その顔はやさしいから。
「・・・えへへ」
知らずのうちに笑みがこぼれる。
そういえば、相合傘なんて、生まれて初めてだな。
「なんだよ」
「べつに?」
「言わないと傘たたむぞ」
「えー!卑怯です!」
彼にとっても相合傘は初めてだった。
歩くたびにぶつかる肩も、少し小さい傘のせいで実はずぶ濡れになっていた右肩も、それはそれでいいと思った。
2011/09/24
いちおうリアルタイムに沿ったおはなしです。今も、さむい(笑)