魔法の言葉


君ならできるさ。
その言葉を、他でもない貴女から聞きたかった。



桐条美鶴の後任、つまり次期生徒会長は小田桐になるのだと、誰もが思っていた。
通常生徒会選挙は前年の秋に実施するものだが、今期は例外的に進級後の春に開催することとなった。
非常に慌ただしい流れである。

「僕は会長には立候補しない」

春休み中の生徒会の集まりで、小田桐は当然のようにこう宣言した。
もちろん誰もが驚いた。

「え、ちょ、なんで!?あんなに狙ってたのに」

その中の一人が思わず立ち上がった。
小田桐は彼をなだめるように、落ち着いて口を開いた。

「気づいたのさ。僕は権力がすべてだと勘違いしていた。それがあのザマだ。
それに気づかせてくれたのが、槇村君だ」

小田桐の言う「あのザマ」とは、例の喫煙事件だろう。
おかげで生徒会内は真っ二つになりそうだった。
小田桐の挙げた名前に、皆の視線は一気に彼の隣に座っていた馨に注がれる。

「僕は彼女を会長に推薦する」

この発言に一番驚いたのは当の本人、馨だった。
初めて聞いたんですけど。

「もちろん他の者も、自己推薦なり何なりしてくれて構わない。生徒会外からもまたしかりだ。
僕はもうゆがんだ力に固執したりしない。正々堂々彼女を推すよ」

この一年で、ずいぶん変わった。
それは彼を知る者なら誰もが抱く感情だろう。
口調は相変わらずだが、言うならば「迷いがなくなった」というところだろうか。
その直接の要因を作ったのが彼女ならば、もう言うことはない。

「わかったよ。俺も槇村さんを推薦する」

先ほど声を上げた男子生徒が、納得したように小さく笑みを浮かべてそう言った。
他の生徒も彼に続くように意見を述べる。

「わ、私も!」
「僕も。彼女は途中参加だったけど、実際驚くほどの仕事ぶりだったし」
「なによりかわいいし」

「そこ!口を慎め」
誰かが続けざまに言った浮ついた発言は、小田桐の耳にも届いてた。
まったく、それは僕がいちばん言いたかった台詞だというのに。
この中で誰よりも彼女のことを想っていても、それを悟られてはならない。
「なによりあの桐条先輩のお眼鏡にかなった、だろ?」
「そういうこと」
再び誰かが言い直した。皆が頷いていた。

あれよあれよという間の展開。
馨が悩む間もなく会議は終了した。

・・・

つい先日メールで届いた一つの電話番号。
しっかりと確認してボタンを押す。

少し緊張して受話器に耳を当てた。すると思ったよりも早く通話状態になった。
聞こえてきたのは美鶴の声だったが、日本語ではなかった。
聞きなれない発音に一瞬焦ったが、すぐに気を取り直して確認する。

「あ、えと、美鶴先輩?」
「なんだ、槇村か。すまない、癖で」

久しぶりに聞いた、落ち着いた声。
安心するとともに、急にさみしくもなってきた。
やっぱり直接会いたい、と一瞬思って。

馨にとって美鶴は姉のような存在だった。
なんとなく、心のどこかでは美鶴を頼りにしていた。
私がダメでも、美鶴先輩がいるから。
そういう気持ちは今も変わらない。

美鶴の近況を聞いた後、今日の出来事を簡潔に話した。
要は、相談がしたかった。

「そうか、君が会長に」
「まだ立候補するかどうかも迷ってるんですけどね」

小さく笑って返事を返した。
迷っている。それは少し違った。
もちろんやるつもりだった。ただ、美鶴の後押しがほしかった。
彼女からしかもらえない、大きな自信を。

「あ、そういえば私、国際電話かけるの初めてです!」

意味もなく話題を変えた。
それとともにベンチから立ち上がって街を見下ろしてみる。
春の風が心地いい。

「ふふ、そうか。――君の初めてを私が奪ったということか」
「えっ?」
「明彦に怒鳴られそうだ。あいつは君が大好きだからな」
「・・・美鶴先輩、なんか変わりました」

「そうか?こちらの文化もなかなか興味深くてな。そうだ、明彦は元気か?」
「ハイ。真面目に勉強してますよ。あ、食生活はご心配なく。私が足繁ーく通って、改善していきますので」
「それは頼もしい」
「他のみんなも変わりなく、です。元気ですよ」
「よかった」
美鶴が静かに微笑む姿が目に浮かぶ。

「槇村」
「はい」

「君ならできるさ。私が保証する」

不思議だ。
最初も、あのときも、最後も、そして今も。
美鶴に言われると、本当にできそうな気がして、実際できるのだ。例外なく。
それがすべて自分の実力だなんて、思ったこともない。
周りの人がいるからここまでこれた。その中でも美鶴の存在が大きかったように思う。

「がんばります!」
「ああ、頑張れ。応援してる」

電話を切って、顔を上げた。
ドアの向こうには、小田桐が待っている。
小走りで彼のもとへ戻った。

「お待たせ。ねえ、私やってみるよ」
「いい返事だ。僕も2年連続で副会長をやろうと思う」
「ほんと!?」
「ああ、君を全力でサポートするから、期待してくれ」
「うわー、心強い」
「強力なライバルもいなくなったしな」
「え?」
「こっちの話だ」

4月からまた、楽しくなりそうだな。
新学期はすぐそこまで来ていた。

2011/10/14
分類に迷いましたが、真女主前提なので通常分類に。 小田桐コミュMAX後は彼は生徒会をやめるって言ってましたがそんなの無視だ! 美鶴先輩は留学中。小田桐君のチャンスが増えた!真田先輩ピンチ!