チャンス
あの真っ赤な瞳で見つめられると、どうしていいかわからなくなる。
この身長差も歳の差も、どうにもできない。
こうして見上げなければ顔が見れないなんて、本当に嫌になる。
それを知ってか知らずか――最近よくごはんに連れて行ってくれる。二人きりで。
馨さんが真田さんを好きな事は僕だって知っていた。
知ったときは、納得がいった。真田さんは僕でも憧れる存在だから。
かっこいいし、強いし。強いっていうのは力だけじゃない。いろんな面が強いと思う。
でもそれも、僕にはどうしようもないことだった。嫉妬したって僕が強くなれるわけじゃない。
だったら、真田さんに負けない何かを見つけようと思った。
馨さんはやさしいから、僕のことが心配なんだ。
だからこうして、二人になる時間を作ってくれてるんだ。
ほんとうに「リーダー」らしい人だと思う。
初等科で風邪が流行りだした、とわかった途端に僕も見事にやられた。
タイミングが悪すぎる。
熱と怠さで体調は最悪だったけど、それよりも悔しくて情けない気持ちの方が大きかった。
もちろんタルタロスもお留守番。
土日はみんなが交代で看病をしてくれた。しかし翌朝、皆は学校に行かなきゃならない。
「天田くん、じゃあ、行ってくるけど・・・」
何時かもわからなかったけど、ゆかりさんの控えめな声で目が覚めた。もう朝だ。
隣には順平さんや美鶴さんもいたらしい。ぼやけた視界に見慣れた人影がうつって、少しだけ安心した。
けれど、すぐに行ってしまって、一人きりになった。
静かな部屋。普段は気にしていないのに、なんだか怖くなった。一人、が。
ふと、ドアがノックされた。
・・・誰だろう。とっくにみんな登校したはずなのに。
馨さんだった。
目で「どうして」と訴えた。寝すぎて声が出なかったからだ。
「やっぱり心配だったから」
馨さんは少しだけ照れくさそうにそう言って、額のタオルを交換してくれた。
学校を休んでまで僕のそばにいてくれることは、素直に嬉しかった。
けど、複雑な思いも、隠せなかった。それは、情けない、申し訳ない、恥ずかしい、そんな気持ち。
ダメだ。素直に、「ありがとう」と言える気がしない。
そんな自分にさらに嫌気がさす。
「私も一人は怖かったから。・・・おせっかいかもしれないけど、今日くらい世話焼かせて」
そう言った馨さんの顔を、見ることはできなかった。
きっと、あの真っ赤な瞳で、僕をまっすぐ見てくれているに違いない。
僕を子ども扱いしないのは、馨さんだけだった。
「・・・馨さん」
「ん?」
「・・・ありがとう」
僕の子供っぽいつまらない意地はすべて見透かされていたようだった。
やっぱり馨さんにはかなわないなあ。素直にならざるを得ない。
だんだん意識がはっきりしてきた。よく寝たおかげかもしれない。
・・・そうだ、そういえば。
「馨さん?」
「なに?そっか、お腹減った?おかゆでも・・」
「今日は、僕が馨さんを独り占めしてもいい?」
真田さんには悪いけど、僕にもチャンスの一つくらい与えてほしい。