やさしい世界


日々がつらいわけじゃない。
ただ、楽しいことばかりじゃない。



もやもやすると、屋上にくるようになった。以外と、穴場。めったに人は来ない。
決まって真ん中のベンチに腰を下ろして、空を仰ぐ。今日もいい天気だ。空が真っ青。
下の方から運動部の掛け声が聞こえてくる。平和だなあ。

今のあたしは
なにがそんなにもやもやしてるんだろう。
「・・・槇村?」
聞きなれたその声は、振り向かずとも誰だかわかった。
「真田先輩!」
少し肌寒い秋の夕方。先輩は相変わらず赤いベストに上着を担いでいた。
「なんだ、めずらしいな。おまえが放課後に一人なんて」
「んー・・・今日は、なんとなく一人になりたくて」

特に深い意味で言ったつもりはなかった。本音だったから。
それは先輩もわかってることだと思う。短い付き合いだけど、そう思う。

「そうか。じゃあ、俺は行くよ」
「・・・あっ、ちがいます!その・・・いいです」
「いいのか?」
「・・・はい」
なにがいいのか。肯定のいい、なのか、否定のいい、なのか。
自分でもよくわからなかったが、先輩はそれ以上なにも言わなかった。
「隣いいか?」
「どうぞ」
2人だと少し広い石造りのベンチ。拳二つ分くらいの、微妙な間を開けて先輩は腰を下ろした。

人には空気がある。
一緒に過ごす空気が、うまく交わるか反発するか。
先輩のまとう空気は、心地よかった。私の空気と交わるのが自然なことであるかのように。
たとえば今で言えば、先輩が私の隣に座った瞬間にお互いの空気が交った。・・・おちつくなあ。

「なんだかおまえのそばにいると落ち着くな」
私が思っていたこと、そのまま口に出すものだから
「・・・先輩、あたらしいペルソナ能力ですかっ!?」
「・・・は?」
「だって、私の頭の中読んでるじゃないですか」

真顔だった。こんなこと冗談で言えない。
会話の後の数秒の沈黙、でも目はそらせない。先輩は少し赤くなって、片手で顔を覆ってしまった。

「・・・それはそれで困るな」
「え」
「お互い、困らないか?」

つられたのだと思う。あたしも赤くなった。
なんだろうこの空気
でも
嫌じゃない。

「・・・あ」
「なんだ?」
「あの・・・こないだのこと、なんだかすみません」
「・・・ああ」

タルタロスで先輩に助けてもらって、なぜかみんなも泣いていた。
申し訳ないのとありがたいのと嬉しいのが同じくらいの比率で、複雑だった。

「あの時俺が言ったことは、嘘じゃないからな」

空気が
少し変わった。
ピン、と張りつめたような緊張感。

先輩はそう呟くと、表情が真剣になった。
私を見つめるその瞳は、なんだか初めて見るみたいに新鮮だった。

「おまえからしたらウザくてはた迷惑かもしれないが、あれは俺の本当の気持ちだ。
人が人を守るなんて、そんな簡単じゃないからな」

それはお互いが痛いほどよくわかっている。
過去の忘れられない事実として。

「・・・迷惑なんかじゃないです!すごく、うれしかったです」
言葉を選んでいたつもりだったけど、途中でそのまま口に出してしまった。

「・・・そ、そうか」
「はい」
「・・・よかった」
「・・・あ、あの」
「なんだ」
「この状況、いったいどうしたらいいんでしょう」
「な、なにがだ」
「ダメです、なんか・・・緊張して」

急に声が震えだした。
同時に顔も一気に火照る。
共鳴するかのように、先輩も赤くなった。

「お、おまえ・・・見てるこっちが恥ずかしいぞ」
「それはこっちのセリフです!」
「〜だから!」
「!」
「・・・俺も同じだ」

手首を取られて、先輩は私の手のひらを自分の胸に押し付けた。大きくて速い鼓動が伝わってくる。
・・・あったかいし。
なんだかもう、これこそ逆効果。さらに頭に血がのぼるだけだった。
「せ、先輩セクハラです!ダメです捕まっ・・・」

――抱きしめられた。
あの時よりも、力強く。ぎゅっ・・・ていう音が耳に響く。
あったかいし、なんだかいい匂いがする。でもそんなことをゆっくり感じてる余裕はどこにもなく・・・。

多分先輩の顔も
真っ赤なんだと思う。

「おまえだけは!おまえだけは、美紀みたいに・・・失いたくない」

その言葉ことばのかけらから
体温を通して、いろんな気持ちが伝わった気がした。

「そ、それは・・・たぶん・・・」

「・・・」
「・・・」
「・・・」

「・・・は、はやく言え!」
「・・・、恋、です」


言い終わった後、瞬間的に呼吸を止めた。
それは先輩も同じだったみたいで。
とても静かな空気が流れた。

「・・・」
「・・・」
「・・・そ、そうか」
「・・・はい」


抱きしめられたまま、体は硬直している。

「顔を・・・見たいんだが」
先輩は腕の力をゆるめて私の顔をのぞこうとした。

「!!だだだめです」
「なぜだ」
「先輩こそ、羞恥死しますよっ、ぜったいメギドラオン並みのダメージですよっ」
「おまえは俺を殺す気か?!」
「たとえです!」

ああ、もう
なにをやってるんだろうあたしたちは
お互い目を合わすのに
こんなに時間がかかるなんて

「・・・返事を・・・聞かせてくれないか?」

――先に言ってしまったが、と付け加えて、先輩は小さく微笑んだ。

口はカラカラ。手汗ひどい。
正直あたしはここまでなにかに動じる人間じゃなかったはずなんだけど

「・・・・はい」

そして日が暮れるまで屋上にいて
一緒に寮に帰った。

世界って
こんなにも変わるんだ。

2011/08/09(11/12加筆修正)
星コミュ9の告白シーンアレンジ。勢いで一気にキスまでいかないところが先輩らしくて好きです。 ・・・本家(ゲーム)ではその後どうなったかわかりませんが!